第87話 あっ……。だっ、うっ、くぅ~!!!

「おはよう魚谷くん」

「おはよう。鳥山さっ――」


 廊下で、鳥山さんに挨拶されたので、振り返った瞬間。


 首に、プレートのようなものをぶら下げられた。


「なにこれ」

「なんて書いてあるか、見てちょうだい」


 満面の笑みを浮かべる鳥山さんに、怯えつつ。


 プレートの内容を確認すると……。


「FREE 魚谷……?」

「そう! フリー魚谷よ!」

「全然意味がわからないんだけど」

「え? なんでわからないのよ。脳みそにハンバーガーでも詰まっているのかしら」

「何そのC級アメリカンジョークは」

「たまにあるじゃない。フリーハグって。知らない?」

「あぁ……」


 聞いたことはあるけども……。


「で、フリー魚谷っていうのは?」

「そのまんまじゃない。魚谷くんは、フリーになったのよ」

「めちゃくちゃ怖いこと言ってるよ?」

「大丈夫よ。ちょっと顔面を舐めたり、腕毛を採集したりするだけだから」

「外すから」


 俺は、プレートを外そうとした。


 しかし、鳥山さんが、それを阻止してくる。


「ダメよ魚谷くん。それを外したら、あなたの家が爆発する仕組みになっているわ」

「大犯罪者じゃん」

「嫌だったら、そのままにしておきなさい! いいわね?」

「……」


 まぁ、こんなプレートをぶら下げているとはいえ、本当に従わないといけないわけじゃないしな。


 とりあえず、教室に向かわせてもらおう。


「魚谷くん。そこに四つん這いになりなさい」

「……なんで」

「私が上に乗るからよ。教室に向かうんでしょう?」

「向かうけど……。なんでそんな、屈辱的なことしないといけないの?」

「フリー魚谷なんだから、当たり前じゃない!」

「基本的人権が尊重されてないから、憲法違反でしょこれ」

「魚谷くん! こんな美少女巨乳戦士、セーラー蘭華の体温を、直で感じられるチャンスなのよ!? それをみすみす逃すだなんて……。ありえないわ!」


 色々ツッコミどころはあったけど、とりあえず、美少女巨乳戦士だけはやめてほしかった。世代の人に怒られそうだから。


「仕方ないわね。じゃあ、おんぶでいいわよおんぶで」

「カバン重いから無理だって」

「カバンとか!!!! そんなの床に置いて、後から取りにこればいいじゃない!!!」

「うるさっ……」

「ちっ。何がフリー魚谷よ! サービス悪すぎ! ネットに悪口書きまくってあげるから」

「陰湿すぎるでしょ」


 そもそも、俺が始めたサービスじゃないんだよなぁ……。


「もっとさ、なんだろう……。フリーハグって、世界平和とかのためにやってるじゃん。せめて、そういう感じの要求をしたらどうなの」

「なるほど……。それは確かに正論ね」


 鳥山さんが、何か考え始めた。


 そして、出した結論は……。


「私たちが、子供を作ればいいのよね」

「あ~あ」

「あ~あじゃないでしょう!? こんな美少女の私と、こんなイケメンのあなたが、子供を産み出せば、それだけで絶対に素晴らしい社会貢献になるに決まってるじゃないの!」

「あの、そろそろ教室に」

「教室でするの!?」

「馬鹿ですか?」


 ちょっと付き合いきれないので、もう家が爆発しても構わないから、プレートを外そうとした。


「……あんたら、朝から騒がしいんだけど」


 すると、呆れた様子の猫居が現れた。


 そして、俺が首からぶら下げているプレートを見て、首を傾げている。


「なにぃ。フリー魚谷って」

「猫居さん。あなたには関係の無い話だわ。この魚谷くんは私のものなのよ」

「全然フリーじゃないがね」

「ありがとう猫居。ツッコミが二人になったことで、形勢逆転したよ」

「……何でもいいけど。もうチャイム鳴るでね? 早くしんと」

「待ちなさい猫居さん。そこまで私に喧嘩を売るなら、私にも考えがあるわ」

「喧嘩なんて売っとらんし……」

「猫居。諦めろ。従った方が、早く事が終わる」

「はぁ……」


 不運なことに、巻き込まれてしまった猫居。


 そんな猫居に対して……。鳥山さんが、ビシっと指を差した。


「あなただったら、フリー魚谷に、何をお願いするのよ」

「何をって……」

「フリー魚谷は、どんな要求にも応えてくれるのよ?」

「……そうなの?」

「いや、限度があるぞ」

「いいえ。限度なんて無いわ」

「鳥山さんが決めることじゃないから……」


 いつものことだけど、俺の発言権が失われすぎてないだろうか。


「じゃ、じゃあ……」


 猫居は、少しモジモジしながら……。俺を見上げた。


「……頭、撫でてほしい」

「……えっ」

「ひっ」


 あ、頭……?


 想定外の発言に、微妙な空気が流れる。


「ね、猫居さん……。あなた、エッチなのね……」

「ち、違うて! ウチ、あんたのせいで、最近全然こいつと一緒におらんし……。なんかその、えっと、その……」

「落ち着けよ。猫居」

「ひゃうっ」


 慌て始めた猫居の頭を、ゆっくりと撫でた。


「あ、あばばあばああああっばあばっばば」


 鳥山さんが、痙攣を起こしている。


「う、ううう魚谷くん!!! なんでこんな、人の多いところで、ラブコメ汁をまき散らしているのかしら!??」

「何その意味不明な汁……」

「ありえないわよ。こんなの。なんで? あなた、私が頭を撫でろと言ったら、そんな風に、あっさり撫でないじゃない。なんで? ねぇどうして? メンヘラになりそうよ?」

「いや……。猫居は幼馴染だし……。鳥山さんは他人だから」

「他人!!!!」


 あっ……。


 鳥山さんが、泡を吹いて、失神してしまった。


「ありがとう猫居。おかげで助かったよ」

「……」

「猫居?」

「あっ……。だっ、うっ、くぅ~!!!」

「え?」

「いつまで撫でとんの! 馬鹿!」

「え~……」


 猫居が、走って行ってしまった。


 俺は、プレートを首から外し、鳥山さんの上に、そっといて、教室へと向かった。

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