第86話 ママぁ! おかわり!

「やっぱりね。まずは胃袋を掴むのが、大事なのよ」

「うん」


 今日は、調理室を訪れています。


 ちなみに……。


「ねぇねぇ鳥山さん。今日は、とっても美味しい料理が食べられるって聞いたんだけど」


 虎杖先生もいます。


 火を使うということで、一人付き添いの顧問がいないとダメらしい。


「えぇそうよ。虎杖先生には……。ズバリ、私の作った料理を、食べまくってもらうわ!!!」

「やった~!!!」

「虎杖先生。ダイエットはどうしたんですか?」

「ダイエット? すごいね。そんな言葉があるの?」

「……」


 どうやら、また挫折したらしい。


「魚谷くん。こないだ、漫画を買いに、本屋さんへ行ったのよ」

「あっ、そうなんだ。何を買ったの?」

「○○さんは餌づけがしたいっていう作品よ」

「あぁ~。いいじゃん。面白いよね」

「アレを読んで、私も魚谷くんをペットにしたくなっちゃった!」

「そんな作品でした?」

「だけど、魚谷くんはどうせ、あ~んとかしようとしても、嫌がるでしょう?」

「まぁ……」


 虎杖先生もいるしなぁ。


 ……多分、料理のことしか考えてないから、何も見えてないだろうけど。


「そこで私は考えたの。まず、虎杖先生に、私の料理をたくさん食べさせる。でも、魚谷くんには我慢してもらうわ。魚谷くんが料理を食べるためには……。私があ~んしないといけない! そういうルールよ!」

「なるほどね」


 珍しく、チョロいというか。

 別に、そこまでお腹も空いてないし。耐えられそうだけど。


 それとも、よほど料理に自信があるのだろうか。


「じゃあ早速、一品目を作っていくわ。十五分くらい待っててちょうだい」

「十五分……。私、ちょっとお菓子取ってこようかな」

「やめましょうよ」


 ~十五分経過~


「じゃじゃん! まずはシンプルに、野菜炒めよ!」

「うわぁ~! 美味しそう!」

「素材も最高級のものを使っているから、味付けは抑えめにしてあるの。さぁ先生、食べてちょうだい?」

「ありがとう! いただきま~す!」


 虎杖先生が、野菜炒めを、一口食べた。


「美味しい! 野菜炒めだ!」

「なんですかそのゼロ点の食レポ」

「何言ってるのよ魚谷くん。美味しすぎて、語彙力を失ってるんでしょう?」

「そういうことなの?」

「美味しい! うん! 超美味しいよ!」

「国語の先生でしたよね?」

「そうだっけ?」

「おいおい」


 どうやら、食事をしている最中は、IQが一桁台になってしまうらしい。


「じゃあ、食べている間に、二品目も作るわね。……魚谷くん。いつでもギブアップしていいのよ?」


 堂々とした様子で、キッチンに戻って行った。


「虎杖先生、そんなに美味しいんですか?」

「もう、すごいよ。すごい」

「……」

「すごい炒めって感じがする」

「何言ってるんですか?」

「ちょっと、集中して食べたいから、話しかけないでくれるかな」

「……はい」


 しばらくして、鳥山さんが二品目を持ってきた。


「実はね、ちょっと前から準備していたのだけど……。じゃじゃん! グラタンよ!」

「グラタン!」

「あら。虎杖先生、グラタン好きなの?」

「大好き!」

「ふふっ。見なさい魚谷くん。あの笑顔」

「怖くなってきたよ」


 なんか、幼児退行してないか……?


「早く食べたい! 食べたいよ~!」

「まぁまぁ落ち着きなさい。舌をやけどするわよ?」

「大丈夫! 痛みには強い方だから!」

「そ、そうなのね……」


 かなり珍しい、鳥山さんが引いてるシーンを見ることができた。


「いただきま~す! あっつ! あちゅい! ううでも美味しい~!! グラタンだぁ~!」


 完全にバカになってるな。


 その後も、次々と料理が運ばれてくるが……。


「んん!!! 唐揚げだ!」


「これは……肉じゃが!?」


「すごいすごい! 冷ややっこだ!」


「もしかして、これってハンバーガーじゃない!?」


「うふふ。間違いない。これはお肉」


「美味しい……」


「うっ……へへ」


「ばぶぅ~……」


 最終的に、虎杖先生は、赤ちゃんになってしまった。


「……鳥山さん。料理になんか入れた?」

「知らないわよ……。何こいつ」

「こいつは酷くない?」

「どれだけ食べるのが好きなのよ」

「まぁ……。それだけ料理が上手いってことでしょ? 自信持ったら?」

「ママぁ! おかわり!」

「ママ? ふざけないで。それだと、私と魚谷くんの娘が、虎杖先生ということになってしまうじゃない」

「そうはならないでしょ」


 結局、虎杖先生は、満腹になったのか、床で眠ってしまった。


 ……この人も結構、モンスターかもしれないな。


「ねぇ魚谷くん。あ~んしたいのだけれど」

「いや、大丈夫です」

「させなさいよ! このままだと、今日の私、ただバケモンに料理食べさせただけじゃない!」

「バケモンって……」

「あなたの好きな物、何でも作ってあげるから……。ね?」

「あんまりお腹空いてないからさ」

「あっ、もしかして魚谷くん。結婚したら、私の料理なんていくらでも食べられるからって、遠慮しているの?」


 日本一ポジティブな女子高生かもしれない。


「私との結婚を見据えて、日々生きてくれているのね……。ありがとう魚谷くん。感謝するわ」

「……もう、それでいいや」

「さて、洗い物をしないとね」

「あぁ、手伝うよ」

「え?」

「え?」

「……本当?」

「そりゃそうでしょ。こんな量、一人でやってたら、キリないし」

「そ、そうよね」

「なんでそんな、驚いてるの?」

「いえ。なんでもないわ。さぁ、やりましょう?」


 鳥山さんが、早足でキッチンに向かった。


 ……俺、そんなにぐうたらなヤツだと思われてるのかなぁ。


 ☆ ☆ ☆


【鳥山蘭華の心の声】


「二人で洗い物なんて……」


「もう、夫婦じゃない!」


「こんなにたくさん、魚谷くんと洗い物できちゃうの!?」


「料理頑張って、良かった~!」

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