第85話 便器の表面に付着した、魚谷くんの皮膚の細胞だけを的確にお尻に吸い付かせることができるのよ。

「受信料を払いなさい」

「は?」


 休日、家でぼーっとしていたところ、鳥山さんがやってきたのだが。

 妙なことを言ってるな。


「受信料……?」

「えぇ。受信料よ」

「いや、うち、テレビないから」

「嘘ね。だって私、あなたの家入ったことあるもの」


 そうだった。

 つい、いつも奴らを追い払う時の言葉を使ってしまった。


「あと、魚谷くんのパンツは、クローゼットの一番下の段に入っているわよね」

「それはなんで知ってるの?」

「極秘調査よ」

「そうですか」

「で、受信料を払いなさいって言ってるの」

「だから、なんの受信料?」

「決まってるじゃない。私がいつもいつも発している、魚谷くん大好き電波の受信料よ」


 よく真顔で、そんな意味のわからないことが言えるな……。


「ごめん。仮にその電波があったとして、受信した覚えはないよ」

「いいえ。私がこれだけ、あなたに大好き電波を発しているのに、届いていないはずがないもの」

「あの、帰ってもらっていいですかね」

「あ~そういうこと言うのね。もうあれよ。ここでおしっこするわよ?」

「マジでモラルの欠片もないよね」

「早く家に入れなさいよ」


 渋々、鳥山さんの侵入を許すことになった。


「トイレ、借りるわね」


 本当にトイレ行きたかったのか……。


 許可を出す前に、鳥山さんがトイレに向かった。


「ふぅ。スッキリしたわ」

「いちいち報告しなくていいから」

「ねぇ魚谷くん。せっかく鍵を開けっぱなしにしておいたのに、どうしてラッキースケベしてくれなかったの?」


 鳥山さんを無視して、テレビを付けた。


「やっぱりテレビあるじゃないの」

「はいはい……」

「さて、話を戻すわよ。受信料を払ってもらうから」


 鳥山さんが、一枚の紙を手渡してきた。

 そこには、請求金額が書かれている。


「……五億?」

「当たり前じゃない。こんな美少女の、大好き電波を、受信し続けているのよ!? そのくらいもらって当然!」

「無いよ。五億なんて」

「そう言うと思って、お金以外の支払いプランを用意したわ」

「……一応聞きましょうか」

「一つ目、私と結婚する」

「それは無い」

「なんでよ! 私と結婚すれば、資産が一つになるから、そもそも借金がなかったことになるわ! しかも、特別に、三百六十五日二十四時間、無料で大好き電波受け取り放題! こんなお得なプランないんだから!」


 自信満々で言い放ってるけど、マジでイカれてると思う。


「二つ目。あなたの髪の毛を五本、私に差し出す」

「……」

「一本一億計算ね」

「気持ち悪いんだけど……」

「それはあれね。テレビの電波のせいよ。早く消しなさい」


 怪しい団体みたいなこと言い出したんだけど。


 そして、テレビは消されてしまった。


 せっかくドラゴ○ボールを見ていたのに。


「三つ目。私とキスをする。さぁこの三つの選択肢から、好きなものを選びなさい!」

「自己破産するよ」

「どうしてなのよおぉおおぉおぉぉぉお!!!!!」

「藤原○也みたいになってるから」

「もうっ。本当にうまくいかない。私の大好き電波を、どうして素直に受け取ってくれないの!?」

「あの、帰ってもらってもいいでしょうか」

「帰らないわ! 帰らない! ぜ~ったい帰らない!」


 鳥山さんが、床に座り込んでしまった。


「あのさ、休日をぶっ壊される人の気持ちにもなってみてよ」

「私だって、あなたにいくつも計画をぶっ壊されてきてるわよ。お互い様じゃない」

「すごい開き直り方だね」

「もういっそ、あなたを洗脳するしかないのかしら。本物の電波を使って」

「怖いって」

「そうでなくても! せっかく休日遊びに来た私に対して、何かおもてなしをしようとか思わないのかしら! 茶の一つも出ないの!?」


 傲慢すぎて、引いてしまう。


「トイレ、使わせてあげたじゃん」

「そうね。確かに、あなたも座ったであろう便器に、触れられたことは、良かったと思うわ」

「最後に使ったのは加恋だけどね」

「馬鹿ね。私クラスになれば、便器の表面に付着した、魚谷くんの皮膚の細胞だけを的確にお尻に吸い付かせることができるのよ」

「化け物じゃん」

「妖怪電波女よ! ビビビビッビ!!」


 こちらに向けて、両手の人差し指を伸ばしてくる。


 ……電波女って、こういうことを言うのかな。


「はいっ! 今確実に私の魚谷くん大好き電波を大量に受信したわね! 動かぬ証拠よ! 五億じゃすまないわ! 十億よ! 十億!」

「めちゃくちゃ言ってますけど……」

「私は優しいから、あなたの切った爪で許してあげるわ。さぁ、爪を切りましょう?」

「嫌です」

「つ、爪を切ってあげるって言ってるのよ? これを断られたらもう、私、妻としての価値が無いって言われてるようなもんじゃない」

「そもそも妻じゃないんですよ」

「あっ、わかったわ魚谷くん。妻に爪を切らせるだなんて、昭和チックな亭主関白家庭は嫌って言いたいのよね? あ~優しい! さすが私の旦那様! 好き~!!! 好きすぎて頭おかしくなっちゃうわ!」


 もうなってると思うんですよね。


 ……言いませんけどね。


「じゃあ、爪をあげるから、帰ってくれる?」

「やっとその気になったわね。えぇもちろん。その代わり、足の爪も頂くわよ。特に親指の爪なんて、最高よね……。大きいから。ね? なんでも大きけりゃ美味いのよ」

「美味い?」

「あっ……。間違えたわ。ふひひっ!」


 さっさと切って、帰ってもらおう。


 一体前世で何をしたら、こんな最悪の休日を過ごさないといけないんだ。

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