第90話 魚谷くん。手が腫れちゃった。舐めて?

「やっぱり日本人と言えばアニメなのよ」


 放課後、とある空き教室に呼び出された俺。


 今日の話題は、なんだか平和そうだ。


「そうだね。日本のカルチャーと言ってもいいくらいかもしれない」

「最近だと、新〇誠監督とかが有名よね」

「うん」

「そこで私は思ったわ。アニメの中でなら、私と魚谷くんを、キスさせられるんじゃないかって!」


 あぁ。


 やっぱりそういう感じの話になるのか。


「どうぞ。勝手にやってください。俺は帰るよ」

「待ちなさいよ。一緒にストーリーを組み立てないと!」

「いやほんと、マジでどうでもいいです」

「あーもう怒った! 怒りました~!」


 鳥山さんが、指パッチンをしたところ。


 教室の外に、黒服が配置された。


「ちゃんとストーリーを決めるまで、絶対に帰さないんだからね? いわゆる缶詰状態よ!」

「……」

「まずは導入からよね」

「導入でいきなりキスして終了でいいじゃん」

「そんな軽い女じゃないわよ!!!!」


 めんどくさ……。


「二時間のアニメなのよ? わかる?」

「二時間は長いって。アニメ映画なら、長くても一時間半くらいだし、初めて作るなら、一時間くらいがいいんじゃない?」

「足りない足りない! 一時間じゃ、キスまでの盛り上がりが、描ける自信が無いわ!」

「あの、今更だけど、誰にアニメ作ってもらうつもりなの?」

「動画〇房さんよ」

「すごい」


 さすが金持ち。

 なんか、内容はさておき、モチベーションが上がってきた。

 オタクである以上、その名前を聞いて、盛り上がらない人はいないだろう。


「だったらなおさら、ちゃんと練らないと」

「そうよ。どうやらようやく、魚谷くんが、私とのキスに本気になってくれたみたいね」

「それは違う」

「映画の参考として、実際にキスをするっていうのもありよね?」

「本末転倒じゃん。キスできないから、キスする映画を作ろうと思ったんでしょ?」

「うるさい! 次、正論を言ったら、ボコボコにするわよ!?」


 美少女JKの放つセリフとは思えなかった。


「今のセリフとか、なんかラノベのヒロインっぽいし、そのまま採用したら?」

「嫌よ……。私のイメージが下がるじゃない。全国ロードショーなのよ?」

「えっ。学校で見るだけじゃなかったの?」

「もったいないじゃない。動画〇房さんに依頼するのよ?」

「それはそうだけどさ……。名前とかは、当然弄るんだよね?」

「弄らないわよ。舞台挨拶とかしたら、どうせバレるんだから」

「鳥山さん。やっぱりこの話、なかったことにならない?」

「あ、確かに魚谷くん、コミュ障だから、舞台挨拶とか苦手そうだものね! はっはっは!」


 めちゃくちゃムカつくんですけど。


 ……ただ、指摘としてはあってる。


「大丈夫よ魚谷くん。当日は魚谷くんには、観客席が見えないように、仮面をつけてもらうわ。それなら恥ずかしくないでしょう?」

「逆に恥ずかしいよ」

「わがままイケメンお兄さんね!!!」

「なにそれ……」

「とにかく! 舞台挨拶とか諸々は、後で考えればいいの! 今は映画の内容でしょう!?」


 鳥山さんが、机を思いっきり叩いた。


「痛た……。魚谷くん。手が腫れちゃった。舐めて?」

「嫌だよ」

「魚谷くんの唾液がつけば、きっと治るから! お願い!」

「唐突に気持ち悪いスイッチ入ったけど……。なんなの?」

「そうだ! アニメでは、私が怪我をしまくって、それを魚谷くんが舐めて治すっていう展開にしたらどうかしら!」

「誰が見るのその映画」

「で、最終的には、私が熱いおでんを食べて、唇をやけどしちゃうのよね……。それを、魚谷くんがペロリンちょっ! いやぁ~ん! キス完成! 観客はスタンディングオベーション!!!」


 どうやら妄想の世界に突入してしまったらしい。


「ちなみに、アニメの案の提出期限はいつまでなの」

「今日よ」

「……なんでそんな、ギリギリのスケジュールにしたの」

「仕方ないじゃない! ちょっと色々あって、忘れてたの!」

「普通忘れる?」

「うるさいわね! あなたが悪いんじゃない! 例えどれだけ大事な予定があったとしても、あなたにちょっと触れてしまったとか、あなたの匂いを直で感じ取ってしまったとか、そういう経験が、記憶を塗り変えてしまうんだもの!」


 絶対病院に行くべき案件だと思うけど、いきなりこんなことを言われても、お医者さんも困るだけだと思うので、それは提案しないでおく。


「もう諦めて、向こうの人たちに決めてもらったら? 最後にキスシーンを挟むだけなら、それまでの内容は、作ってもらった方が良いと思うよ?」

「また正論を言ったわね!? もう許さないわ……」

「えっ……」


 鳥山さんが、ジリジリと詰め寄ってくる。


「もう、映画なんてどうでもいいわ。やっぱり強引にでも、現実でキスしてやるんだから」

「ちょっとちょっと。ねぇ。久しぶりだねこの展開」

「覚悟しなさい!」


 ついに、壁際に追い詰められた……。まさにその時だった。

 鳥山さんのスマホが、鳴り出したのだ。


「……誰よ。こんな時に。もしもし? ……えぇ。はい。なるほど。ふ~ん。あぁ。そうですか。へぇ。は~い」


 短い会話だった。


「魚谷くん。映画の件は無しになったわ」

「えっ、そうなの?」

「なんだっけ……。えっと、幼馴染がなんちゃらっていうアニメ? のプロモーションで忙しいから、手が回らないそうよ」

「あぁ……」


 やっぱりすごいね。おさ〇け。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る