第84話 うおだにぐうぅううん。

「もうシンプルに聞くわね。どうしたら私と結婚してくれるの?」


 放課後、鳥山さんから逃げるように、さっさと帰宅しようとしたが、すぐ捕まってしまった。


「だから、何回も言ってるけどさ。普通にしてればいいじゃん」

「普通がわからないのよ」

「例えば……。今日も朝さ、変なおにぎり作ってきたじゃん」

「あぁ。食べたら私に絶対惚れちゃいますおにぎりね?」

「そうそう」


 明らかに、ヤバイものが混ぜ込んでありそうなおにぎりだったので、なんとか回避させてもらったが……。


「そういうさ、意味がわからないアプローチをやめてくれれば、関係は進んでいくんじゃないかと思うよ」

「なるほどね……」


 鳥山さんが、メモを取っている。

 ついに、考えを改めるようになったのだろうか。


「普通、普通……」

「あと、あんまり話しかけてこないでほしい」

「え、えぇ!? 何よそのストレートな拒絶は! はいもう傷つきました! ハートブレイクタイムです!」

「休憩時間になっちゃってるけど」

「話しかけなかったら、どうやって関係を育んでいくっていうのよ! このあんぽんたん! イケメン! 抱かれたい男ナンバーワン!」

「だってさ。周りのカップルとか見てみなよ。学校にいる間は、あんまり喋ってないでしょ?」


 鳥山さんが、思い出そうと、目を閉じている。


「……ダメね。思い出そうとしたけれど、頭の中に魚谷くんしか入ってないから。何も浮かんでこなかったわ」

「そうですか……」

「ほ、他のカップルのことなんて、どうだっていいのよ! 私は全ての時間を、魚谷くんと共有したいの! 一緒にお風呂に入りたいし、一緒に寝たいし! 一緒に歯磨きしたいし! 一緒に朝ごはんを食べたいし! 一緒に登校したいし! 一緒に――」

「あぁ待ってキリがないキリがない」


 慌てて止めさせてもらったが、鳥山さんは不満顔だ。


「そもそも鳥山さん。俺たちは、友達ですらないんだから、まずはそこの距離感からどうにかしてよ」

「友達……。でも、男の子の友達って、初めてだから、全然わからないわ」

「話しかけてこなければいいんだよ」

「そればっかりじゃない! あなた私を騙して、何とか距離を取ろうとしているわよね!?」


 バレてしまった。

 そういうところは、ちゃんと気が付けるんだな……。


「まぁその……。話しかけないでほしいとまではいかないけどさ。例えば、俺と猫居って、幼馴染で、保育園からずっと一緒にいるけど……。そんなに頻繁には、喋ってないでしょ?」

「……確かに」

「納得した?」

「でもそれって、猫居さんが陰気なだけじゃない?」

「めちゃくちゃ酷いこと言うね」


 そういう理由も、多少はあるかもしれないけども。

 ……鳥山さんと知り合う前は、もうちょいコミュニケーションを取っていた気が、しないでもない。


「じゃあなによ。私も猫居さんみたいに、名古屋弁で喋れば、親近感が湧くってこと?」

「いや、そういうわけじゃないんだよ」

「それともあれかしら。今流行りの、博多弁の方が、萌えるかもしれないわよね!」


 また変な方向に、話題が逸れてしまった。


「魚谷くん! ばりすいとーよ!!!!」

「圧がすごいって、圧が」

「魚谷くんも、私のこと、ばりすいとーよになりなさいよ!」

「状態異常みたいになってるから」

「なにしよーと!? 魚谷くん! なにしよーと!?」

「怖いって」


 博多弁は、絶望的に向いてないな。この人。


「難しいわね……。関西弁とかの方が良いかしら」

「どうせ一緒でしょ」

「めっちゃすっきゃねん!」

「バカにしてない?」

「バカにしてへんで~~~!?」


 ……関西人がいたら、間違いなく怒られてるな。これ。


「でもまって。こういう都会の言葉よりも、青森とかの言葉の方が、男子は萌えるんじゃないかしら」

「……」

「うおだにぐうぅううん」

「もうやめよう」

「なんでよ! 沖縄弁が残ってるじゃない!」


 これ以上やっても、敵を作ることにしかならないと思う。


「って、話が逸れてるわね。ランドセルの色は何色にしようかしら」

「そういうところだよ」

「魚谷くん、子供は嫌いなの?」

「そういうわけじゃなくて……」

「もし子供ができても、DVするような夫になったら、最悪よね……」

「ならないって」

「わからないわよ? 結婚すると、人格が変わってしまう人って、いるじゃない」

「まぁ……」


 ……どちらかと言えば、今の時点で、かなり人格に難のある鳥山さんの方が、危ないんじゃないかと思うんだけど。


「私不安になってきたわ。だから、もう先に子供を作ってしまうっていうのはどうかしら」

「倫理観どうなってんの?」

「大丈夫よ! 私の家はあなたも知っての通り、超ウルトラ大金持ち! 子供の一人や二人、いつ作ったって、養えちゃうわ!」

「そんな思想の人と、結婚したいと思う?」

「だぁ~! くそっ! 噛み合わないわねぇ!!!」


 ブちぎれられてるけど、これ、俺は悪くないよな……。


「今日はとりあえず、ここまでにしておきましょう。今日の反省を活かして、明日また、報告するわ。じゃあね」

「あっ……。はい」


 ……大丈夫だろうか。


 ☆ ☆ ☆


【翌日】


「魚谷くん! やっぱり最初は、赤ちゃんの視点になって、物事を考えるのが、子育ての第一歩だと思うのよ! と、いうわけで……。じゃじゃん!」


 鳥山さんが、カバンから、哺乳瓶を取り出した。


「ん……。ちゅぱっ……。んむ……。どう? 実はすごく飲みづらいのよね。これ。だから、私のやるべきことは、もう少し飲みやすい哺乳瓶を作ることだと気が付いたのよ!」

「そうですか……。頑張って下さい」

「結婚しましょう!」

「無理です」

「なんでよ!!!」


 鳥山さんと、まともな関係を育むことができるのは、だいぶ先になりそうだな……。

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