第83話 魚谷くんの子供を妊娠しました~!!!

 休日、有意義な一日にしようと思って、午前五時に起きてみた。


 部屋を出て、リビングに向かったところ……。

 電話が鳴った。


 こんな朝早くに……。誰だろう。


「もしもし?」

「あ、もしもし」


 ……鳥山さんだ。


「おはよう鳥山さん」

「……私、メリーさん」

「え?」

「今、家にいるの」

「……」


 電話が切れた。

 せっかくの有意義な朝が、破壊されてしまう予感がする。


 すぐに、またかかってきた。


「私メリーさん。今、駅前にいるの」

「え?」


 さっき家にいなかった……?

 鳥山さんの家から、駅前って、どう頑張っても三十分くらいはかかるはずなんだけど。


「鳥山さん。瞬間移動してない?」

「私はメリーさん」

「あと、自分に、さんって付けるのおかしいよ?」

「……我が名はメリー」

「魔王みたいになってるけど」


 切れた……。


 一分もしないうちに、またかかってきた。


「私メリー。今、駅前のコンビニにいるんだけど、何か欲しい物はあるかしら」

「友達じゃないんだから」

「そうよね。私たち、夫婦だもの」

「メリーさん?」

「……ごほんっ」


 どうせやるなら、もう少し丁寧に、設定を作ってほしかった。


 って……。

 鳥山さん、これから来るんだよな?

 さっさと逃げないと、面倒なことになる。


「もしもし?」

「ねぇ魚谷くん! コンビニで商品を買うと、変なくじ引けることあるでしょう? あれが初めて当たったのよ! ……私メリー。今、コンビニの外で、テンション上がってるの」

「もうやめたら?」

「あと五分くらいで、あなたの家に着くわ」

「……はい」


 それはつまり。

 五分以内に逃げればいいということになる。


 手早く歯磨きをして、髪を整え……。

 服装は、とりあえずジャージにした。


 よし、なんとか間に合ったぞ。


 急いで、玄関に向かい、ドアを開けた。


「きゃっ!」

「……」


 ……もう、鳥山さんが来ていた。


「あっ……、その」


 手に持っている針金が目に入ったが、怖いので言及しないでおく。


「……五分じゃなかったの?」

「侵入する時間も含めて、五分なのよ。メリーさんなのだから、後ろから登場しないとダメでしょう?」

「そこまで忠実に再現しなくていいから」


 鳥山さんが近づいてくるというだけでも、ホラーとしては十分だ。


「私メリー! 今、あなたの目の前にいるの!」

「初めて聞いたよ」

「もう! うまくいかないわね本当に! コンビニのくじで、運を使い果たしてしまったのかしら!」

「ちなみに何が当たったの?」

「……ボディソープ」

「……」


 困るやつだ……。

 ボディソープって、自分の気に入って使ってるやつがあるから、他の種類が当たっても使い道が無いんだよな。


「魚谷くん。これ、あなたにあげる」

「ありがとう……」

「一回使ったら、返してちょうだいね」

「え……。なんで?」

「人形にそのボディソープを塗りたくれば、実質風呂上り魚谷くんが完成するじゃない。ね?」

「ね? じゃないんだよ」


 なんで朝から、こんな話を聞かされないといけないんだ。


「そもそも、メリーさんっていうチョイスが悪かったわね。これ、あなたの後ろにいるの! ってできたところで、そこから先が無いもの」

「やる前に気づこうよ」

「トイレの花子さんにするべきだったわ。個室トイレに魚谷くんを引きずりこんで、ぬふふなこともできたのに」

「勝手に花子さんをいかがわしいキャラにしないでもらえる?」

「……待って? 私、閃いちゃったわ?」


 絶対ろくな閃きじゃないな。


「魚谷くん。後ろ向いて?」

「嫌です」

「お願い」

「……」

「断るなら、今ここで、大声を出すわよ。魚谷くんの子供を妊娠しました~!!! って!」

「迷惑すぎるって」


 仕方なく、俺は鳥山さんに背を向けた。


「よしよし……。良い子ね」


 鳥山さんが、ゆっくりと近づいてくる。


「もしもし? 私メリー。今、あなたの後ろにいるの」

「……はぁ」

「振り向いて?」


 振り向いた瞬間。

 鳥山さんが、抱き着いてきた。


「ちょっ、はぁ?」

「どう? ドキドキするでしょう?」

「いや……」


 そりゃあ……。するでしょうよ。


「でも、メリーさん関係なくない?」

「関係無くてもいいのよ! ……ほら、暖かいでしょう? 私の体」

「うっ……。まぁ」

「素直になりなさいよ! ……ねぇ魚谷くん。ハグの後は、何をするべきか、わかるでしょう?」

「……」

「ほら、ちゅ~」


 鳥山さんが、口を窄めて……。


 ☆ ☆ ☆


「……はっ!!!」


 鳥山さんが、授業中、急に立ち上がった。

 どうやら、眠っていたらしいけど……。


「おはよう鳥山さん。今は国語の授業中だよ?」


 虎杖先生が、いつも通り、何かを諦めたような、穏やかな口調で、鳥山さんを注意した。


 鳥山さんは、なぜか、プルプルと震えている。


「せっかく……。後少しで、キスできそうだったのに!!!」

「え?」

「虎杖先生のせいよ! あ~もう! バカバカ! 嫌い! 一生独身! このデブ!」

「デ……」


 ストレートすぎる悪口に、虎杖先生が、膝から崩れ落ちてしまった。


 久しぶりに、鳥山さんが寝てくれていたから、平和な時間になると思ったのに。


「くそっ……」


 悔しそうに、拳を握りながら、鳥山さんが、こちらに近づいてきた。


「……私が、自分からハグする勇気なんて、無いと思ってるのよね?」

「は?」

「無いわよ! だって、嫌われたらどうしようとか思うじゃない!」

「ごめん、何の話?」

「おトイレに行ってくるわ!!!」

「……はぁ」


 どうやら、まだ寝ぼけているらしい。


 結局、一限は、虎杖先生が体調を崩したので、自習になりました。

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