第81話 新鮮なうちに、じゅるっと頂きたいのよ……。

「うわ、あっつ……」


 三十度を超える真夏日。

 学校から帰ると、家の中が暑かった。


 普段、こうなることを避けるために、クーラーをつけたまま家を出るんだけど……。うっかり消してしまったのだろうか。


 そう思いながら、リビングに向かったところ……。


「……」


 鳥山さんが、ソファーの上で眠っていた。

 体操服を着て。


 ……なにしてんの?


 とりあえず、触らぬクレーマーに祟り無しということで、スルーして、冷蔵庫に向かった。

 ……あれ?


 何も入ってないんですけど……。


 様々な違和感を抱えつつ、犯人と思われる人物の元へ。


「あの……。鳥山さん」

「寝てるわよ」

「起きてるじゃん……」

「今、私寝てるから、うっかりズボンをズリ下げてしまっても、きっとバレないわよ」

「だから、起きてるじゃんって」

「夏の暑さが、人を狂わせるのよ……。どう? 汗ばんだ私の肌。手を出したくなるでしょう?」


 もはや、目を閉じているだけで、眠っていると言える要素が、ほとんどなかった。


 とりあえず、クーラーを……。


 ……リモコンが無い。


「鳥山さん。クーラーのリモコンは?」

「ここよ」


 鳥山さんが、自分の胸元を指差した。

 こいつ……。


 そっちがその気なら、家から出ればいいだけの話。

 そう思って、玄関に向かったのだが。

 ……ドアが開かない。


 向こう側に、何か重たい物が置かれていて、妨害されているようだ。

 それならばと、リビングから庭に出るドアへ……。


 ……黒服が、目を光らせている。


 なにこれ。殺されるの? 俺。


「覚悟しなさい。魚谷くん。これは実験なのよ」

「実験……?」

「その前に、これとこれを飲むの」


 未だに目を閉じている鳥山さんが、ソファーに寝そべりながら、何かを手渡してきた。


 ペットボトルに入った液体と、塩飴だ。


「これで大丈夫よ。別に水分は、冷たくある必要はないの。あと、水分だけじゃダメね。その塩飴も舐めなきゃ。これで熱中症にはならないわ」

「……この水、なんか変なもん入れてないよね?」

「その手があったわ! ちくしょう! 言うのが遅いわよ魚谷くん!!」

「……」


 ペットボトルは放置して、水道水を飲んだ。

 塩飴も、家に元々あったので、それを舐めることにする。


 ……それにしても、熱い。


「実験って、なんの実験?」

「魚谷くんが、何をしても、全然私を受け入れてくれないから、地球の力を借りることにしたの。ほら、よくあるじゃない。クーラーが壊れた部屋で、薄着になって……。汗ばむ肌を見た男女が、獣になっちゃうっていう漫画」

「それ、成人指定入ってない?」

「何言ってるの? 私は委員長なのよ? エッチな本なんて、読むわけないじゃない」


 申し訳程度の委員長要素。


「ほらほら魚谷くん。私、寝てるわよ? 何をしたってバレないんだから」

「寝てる人の声量じゃないから」

「もう! 情けないわね! さっさと襲いなさいよ! これは寝言よ!」

「無理あるって」

「……もしかして、恐れているのかしら」

「え?」

「私に触れた途端、ワニワニパニックみたいに、噛まれるんじゃないかって、警戒しているんでしょう?」

「まぁ……」


 噛まれるかどうかは別として、触った瞬間、何かしらの反撃はしてきそうだなとは思ってる。


「じゃあわかったわ。これでいいでしょう?」


 鳥山さんが、素早い手つきで、自分の背中側にあるものを取り出した。

 ……手錠だ。


「どう? 手錠をかけたわよ? これであなたに襲われても、一切反撃なんてできないわ。やりたい放題JKの完成よ!」

「あの……。もういいからさ。リモコン返してくれない?」

「ここまでしても、まだ平然を装うつもりなのかしら! 信じられないわね!」


 そりゃあ……。

 外から、あんなに黒服に見られてたら、そういう気持ちになるわけもないでしょうが。


「そろそろ目を開けたら? その寝てるっていう設定、無駄でしょ」

「別に、目を開けていなくても、魚谷くんの位置は正確にわかるから、どっちだっていいのよ」

「……」

「ねぇ魚谷くん。見てよ私。汗っかきなの。エッチでしょう?」

「……まぁ」

「夏の暑さに脳みそがやられて、オスの本能がむき出しになるでしょう?」


 セリフがいちいち生々しくて、引くんだよな……。

 なんだよ、オスの本能って。


「もう打つ手がないわ……。こうなったら。私から攻めるしかないようね」

「え?」


 鳥山さんが、ついに目を開けた。

 そして、鼻息を荒くしている。


「うわぁ魚谷くん! すごく良い汗かいてるわね……。舐めてもいいかしら」

「いいわけないじゃん」

「新鮮なうちに、じゅるっと頂きたいのよ……」

「気持ち悪っ……」

「はぁ!? 乙女に向かって、気持ち悪いは無いでしょう!? もう許さないわ! 絶対舐めしゃぶってやるんだから!」


 うわ、こっち来たんだけど。

 しかし、手錠をはめているせいか、うまく動けない様子。


「手錠の鍵を持ってくるのを忘れたわ!」

「めちゃくちゃアホじゃん……」

「待ちなさい魚谷くん! うおお!!!」


 手が動かせないながらも、必死で俺を追いかけてくる鳥山さん。


 すると、動きが激しくなったせいで……。


 クーラーのリモコンが、鳥山さんの服の中から、落ちてきた。


 俺はすかさず、リモコンを回収。

 ようやく、クーラーをつけることができた。


「……そんなっ」


 鳥山さんが、ガクッと膝から崩れ落ちた。

 ……リモコンが、ヌメヌメしてたので、ティッシュで拭いていく。


「私の夏が……。終わったわ」

「高校球児みたいなこと言わないでくれる?」


 なんとなく可哀そうだったので、晩御飯は、鳥山さんの大好物を、加恋に作ってもらうことにした。

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