第80話 パパ、愛してる。
「あっ!!!!!」
一緒に下校している鳥山さんが、急に立ち止まった。
「どうしたの? 忘れ物?」
「私たちは、少年少女の心を、すっかり忘れていたわ」
「はぁ」
「じゃんけんしましょう。魚谷くん」
「……なんで?」
「なんでとかないのよ」
有無を言わさぬ圧力。
従わざるをえない。
「「じゃんけん」」
「ぐー」
「ぱー!!!!」
負けた。
「ほら。昔よく、下校する時にやったでしょう? チョコバナナとか、パイナップルとか、グ○コとかぐーちょきぱーの頭文字から始まる言葉の分だけ、先に進めるっていうゲーム」
「あぁ……」
絶望的に時間を無駄にする、あのゲームね。
やりたくないな……。
「鳥山さん。俺たちもう、高校二年生だよ?」
「それがどうしたのよ。良い? 魚谷くん。いつの時代も、成功する人っていうのは、常に新鮮な心を持っているものなの。高校二年生で心が老けているようじゃ、先が思いやられるわね……」
鳥山さんが、大きくため息をついた。
……なんか、意識高い系の人みたいで、ムカつくな。
「もちろん、そのままあのゲームをやってもつまらないわ。だから、私がちゃんと、ミックスルールを考えてきたの」
大丈夫かなぁ。
「ずばり……。愛してるゲーム×じゃんけんで勝った方が勝った時に出していた手の頭文字が同じ単語の分だけ進めるゲーム!」
正式名称を知らないせいで、ものすごく長い文章になってるけど。
「え……? 愛してるゲームと混ぜるの?」
「そうよ。まぁやればわかるわ。私が勝ったから、まずは私の番ね」
そう言って、いきなり鳥山さんが、距離を詰めてきた。
「ぱ……。パパ、愛してる」
「……」
「さすが魚谷くん。普段から、私の愛をまともにくらっているだけあって、冷静ね」
……目を見開いて言うから、照れるとかよりも、恐怖の方が勝ってしまう。
ヤンデレ的な狂気が、どうしても隠しきれていない。
「えっと……。ルールがさっぱりなんですけど」
「ルールなんてないわよ。さぁじゃんけんしましょう?」
「……」
また、俺が負けた。
「ぐ……。具だくさんの味噌汁、毎朝作ってあげるわ。愛してる」
「あのさ、鳥山さん」
「なにかしら」
「進まないと、帰れないと思うんですけど」
「そうね。じゃあ、具だくさんの味噌汁、毎朝作ってあげるわ。愛してる。だから……二十六文字ね。二十六歩進みましょう」
鳥山さんが、俺に手を差し出してくる。
「なんでしょう」
「手を繋いで、一緒に二十六歩進むのよ」
「……え?」
「何も考えなくていいのよ魚谷くん。そう。何も怖くない。ほら、ここに五円玉があるでしょう?」
「やめてください」
催眠のかけかたが古風すぎる。
「鳥山さんが勝ったんだから、鳥山さんだけ進めば?」
「そんな寂しいこと言わないでちょうだいよ。私の作ったゲームなんだから、私の自由にやらせてもらうわ。従いなさい。拒否権は無いわよ」
「じゃあ、俺がじゃんけんに勝ったら、問答無用でこのゲームは終了。それだったら、参加してあげるよ」
「魚谷くん。そんなの、あなたが有利すぎるじゃない」
「今のところ、鳥山さんが有利すぎるから、これでちょうどいいくらいでしょ……」
いつも思うけど、ゲームっていうより、ただ鳥山さんの欲を満たすためだけの時間になってるんだよな。
今更ツッコんだところで、手遅れなんだけど。
「手、手は繋いでくれるのよね。そこが一番重要よ!」
「まぁ……。手くらいなら」
「よっしゃ! 実績が解除されました! 放課後手繋ぎ帰宅トロフィー!」
「何言ってるの?」
「うりゃっ!」
手を握るとは思えない効果音だったが、握られてしまった。
……こんな人だけど、やっぱり手を握ると、女の子なんだなぁと思わされる。
いや、いけないいけない。相手は化け物だ。何トキめいてるんだよ俺は。
「じゃ、じゃあ、じゃんけんするわよ?」
「うん……」
「「じゃんけん」」
「ちょき」
「ぐー!!!」
また負けた……。
シンプルに、じゃんけんが弱すぎる。
「どうしようかしらね……。また、ぐーよ」
鳥山さんは、しばらく考えこんだあと。
俺の目を見て、呟き始めた。
「ぐっすり眠るためには魚谷くんを抱き枕にする必要があると思うのだから今日から私の家に一緒に住んで毎日一緒のベッドで寝ましょう愛してるわ魚谷くん大好き叙々○より好き本当に好き」
「文字数、数えられる? それ」
「ちょっとは照れなさいよ!!!!!」
だって……。
息継ぎ無しで言い切るから。
照れよりも、心配が勝ってしまった。
「鳥山さん。言っちゃ悪いけどさ……。このゲーム、めちゃくちゃ企画倒れだよね」
「どうでもいいのよそんなのは。私が魚谷くんに、愛を伝えることができれば、それで百点満点。今日なんて、手を繋ぐことさえできたわ!? これはもう完全勝利なのよ!」
鳥山さんにとっての、完全勝利ということは。
……俺にとっての、完全敗北を意味するわけで。
「じゃあ、もう満足したということで、手を離してもらってもいいですかね」
「魚谷くん。マジカルバナナ愛してるゲームっていうのもあるんだけど」
「もう勘弁してください」
今日も、家に着くころには、真っ暗になってそうだな……。
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