第79話 これからベビーカーを買いに行きましょうよ。

「ほんわかぱっぱ、ぺっぺれぺっぺっぺ~!!!!!」

「うわあああああ!!!?!!?」


 休日、部屋で読書をしていたところ。

 押し入れが急に開いた。


 出てきたのは、全身青色の服を着た鳥山さん。


「まっ、マジで死ぬかと思った」

「どうしたのよ魚谷くん!!!!」

「何そのテンション……」


 心臓がまだバクバクしてる。

 どんなホラー映画より、たちの悪いシチュエーションだった。


 ……とりあえず、なんで押し入れにいるの? とか。

 そもそもいつからそこにいたの? とか。

 そういう質問は、どうせまともな回答が返ってこないだろうから、置いといて。


「……その服装、何?」

「見てわからないのかしら。ほら」


 鳥山さんが、自分のお腹を指差した。

 そこに、白いポケットがついている。

 三日月を横にしたような形。


 まさか……。


「ド○えモン?」

「そうよ。鳥山蘭華モンね」

「それだとデジ○ンになっちゃうけど」

「じゃあ、トリえもんにしておきましょう」


 なんとなく本家に近い雰囲気があって、怖いんだけど。

 大丈夫かな。お偉いさん。見逃してください。


「そんなことより! どうしたのよ魚谷くん! またジャイ○ンに虐められたのかしら!?」

「今まさに、鳥山さんに虐められたところなんだけど」

「ちょっと魚谷くん。ノリが悪すぎるわよ。これをかけなさい」


 鳥山さんから、メガネを手渡された。

 仕方なく、かけてみる。


「あっ……。ちょっと魚谷くん。メガネをクイっと上げる動作、お願いしてもいいかしら」

「……」

「いいわね! じゃあ、ため息をつきながら、メガネを外す動きも――」

「本筋から逸れてるよね?」

「……冷めてるわね。魚谷くん。いいじゃない。偶然の産物よ? メガネと魚谷くんの相性が、こんなに抜群だったなんて。あなたどうして普段メガネかけてないのよ。ムカついてきたわ。あなた!! どうして普段メガネかけてないのよ!!!!!」

「うるさいな……」


 視力が良いのに、メガネをかける必要はない。

 ……なんて、当たり前の発言をするのは、やめておこう。


「で、魚谷くん。今日は何で困っているのかしら。このポケットから、魚谷くんを救う秘密のアイテムを出してあげるわよ」

「今、この状況に困ってるんだけど」

「も○もボックスとか……。あれば、全人類を魚谷くんにできるのに」

「すごい気持ち悪い発想」


 普通、二人きりの世界にするとか、そういう発想にならないか?


 どうして、増やす方向に頭が働くんだろう。

 怖いなぁ……。


「あとはタ○ムふろしきね。これで魚谷くんをショタに戻して、力で圧倒する。逆らうことはできないと悟らせて、絶望した目を私に向ける魚谷くん……。いやぁたまらないわね。白飯三合はいけるわよ」

「なんでそういう方向にしか、頭が働かないのかな」

「魚谷くん魚谷くん」


 鳥山さんが、ニヤニヤしながら、近づいてきた。


「なに……?」

「ポケットに、手を入れてみてちょうだいよ」

「嫌だよ……」

「大丈夫!」

「大丈夫じゃないと思う」

「良いから入れなさい。言うこと聞かないなら、無理やりベッドに押し倒すわよ?」

「……」


 それは嫌だったので、ポケットに手を入れてみることにした。

 本家と違い、浅いポケットだ。

 中には何も入っていない。


「鳥山さん? 何も……」


 なぜか、鳥山さんが、頬を緩ませている。


「え……。なに?」

「魚谷くんの手が、私の腹部に接近したのよ」

「え?」

「そして、ポケットの中を探る時、私のお腹を、間接的にではあるけれど、撫でたわよね?」

「……え?」

「まるで、私のお腹に宿っている、魚谷くんとの愛の結晶を……。撫でてもらったかのような、そんな幸せな気持ちになることができたわ」


 ドン引きしすぎて、言葉が出てこなかった。

 そして、ポケットから手を抜こうとしたところ、捕まれ、動きを阻止された。


「待ちなさいよ。もっと撫でなさい。ほら。あっ、動いたわよ魚谷くん。ね?」


 国民的キャラクターを悪用した、とんでもない手口だ。


「とりあえず、ド○えもんには謝ろうよ」

「謝らないわよ。何も悪いことしてないもの。好きな人に、お腹を撫でてもらいたいって、そんなに変な発想かしら。いいえ、そんなに変な発想ではないわ。まともな発想よ。魚谷くんが、おかしいんだわ。ほら、私の目を見て? 魚谷くんがおかしい。魚谷くんがおかしい。魚谷くんが」

「洗脳しようとするのやめてくれる?」

「こういう時、ド○えもんの道具があれば、魚谷くんをめっちゃくちゃにできるのにって、いっつも妄想しているわ」


 男子中学生みたいなこと言い出したんだけど。


「鳥山さん、とりあえず、手を離してもらえるかな」

「あったかい……。これが夫のぬくもり」

「おい」

「ちょっと盛り上がってきっちゃったわ私。これからベビーカーを買いに行きましょうよ」

「怖い怖い」

「怖くないわよ! 怖くない! 私の目を見なさい! 怖くない!」

「そんな怒鳴りながらかける催眠ないから……」


 もし、俺が今、欲しいアイテムがあるとしたら……。

 時を戻すアイテムだな……。


 ……今日の朝に戻って、すぐに外出する。

 そしたら、こんな目には、遭わなかったはずだ。


「でも、猫型ロボットなんだし、猫居さんにやらせるべきだったかしら……。それで、私がしず○ちゃんの役をするの」

「まだこの話続くの?」


 結局、五時間程度、意味の無いド○えもんトークは続きました。

 その間、手はずっと、ポケットに入れられたままで。


 本当に、辛い休日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る