第78話 魚谷くんの唾液がついてないストローとか、無価値じゃない……。

 深夜に、どうしてもいちごオレが飲みたくなって、コンビニを訪れた。


「いらっしゃいませ~~~!!!!」


 ……聞き覚えのある声。

 俺は、すぐに退店しようとしたが。


 なぜか、自動ドアが、反応しない。


「無駄よ。魚谷くん。このコンビニは、私の支配下にあるわ」


 鳥山さんが、不敵な笑みを浮かべながら、こちらにやってきた。

 きちんと、コンビニの制服を着ている。


「貸し切ったのよ。へへっ」

「なにがおかしいの?」

「いや……。どんなシチュエーションがいいかなぁと思って。楽しいわね魚谷くん。深夜のコンビニって、テンション上がらない?」

「まぁ、わからなくもないけど……」


 とりあえず、いちごオレが飲みたいので、買わせてもらおう。


「あの、いちごオレ買ってもいい?」

「いいわよ。ほら、早くレジに持ってきなさい」

「うん……」


 鳥山さんが、レジに向かった。


「いらっしゃいませ~~!!!!」


 ……そんな元気なコンビニ店員、見たこと無いんだけど。


 とりあえず、いちごオレを手に取って、レジに向かった。


「いらっしゃいませ! コンビニ店員萌えポイント1!」

「は?」

「あぁ~お客様! 今日もこれですか~?」

「な、なにが始まったの」

「察しが悪いわね! コンビニのJK店員が、あなたを常連として認識したのよ!? こんなに嬉しいことはないでしょう!? 喜びなさい!」

「いや……」


 シチュエーションとして、理解できないことはないけど。

 鳥山さんがやってもなぁ……。

 あと、気合が入りすぎてて、目が血走ってるから、萌えは全く感じない。


「セブンスターですよね!」

「未成年なんだけど」

「百十七円になります!」


 お金を払おうと、トレイに小銭を置こうとしたところ……。


 いきなり、鳥山さんの手が伸びてきた。

 そして、俺の手を掴み、小銭を引ったくるように奪う。


「コンビニ店員萌えポイント2!」


 俺は百二十円を出したので、三円のおつりが返ってくることになるんだけど……。

 鳥山さんは、掴んだままの手に、三円を、ねっとりと置いた。

 というか、置いたあとも、五秒くらい、手をそのままにしていた。


「……どう? お金を手に触れながら返してもらえるの、愛されている感じがするでしょう?」

「あぁそういうことね……」


 これは結構、わかる気がする。

 だけど、現実的には、そこまで多くないシチュエ―ションだ。


 ……鳥山さんの場合、手の力が強すぎて、ちょっと痛いから、やはりこれも、萌えとは言えないけど。


「なんでしかめっ面してるのよ! ニヤニヤしなさい! ニヤニヤ! 口元をだらしなく緩めて、えへぇ……って、気持ち悪い声を出しなさいよ!」

「じゃあ、あの。いちごオレもらってもいいかな……」

「ダメね。コンビニ店員萌えポイント3!!!」


 元気良く、叫んだ後……。

 鳥山さんは、ストローを取り出した。

 そして、勝手にいちごオレの開け口を開き、そこへストローを刺す。


 こんなサービス、聞いたことないし、辞めた方がいいでしょ……。

 そう思っていたら。


 そのまま、ストローに口を付けて、いちごオレを飲み始めた。


「……鳥山さん?」

「わかってるわ。あなたが言いたいのは、俺のいちごオレを飲まないでくれ。でしょ? でもそれ、俺のいちごオレって、ダジャレになっちゃってるから、辞めた方がいいわよ?」

「しょうもないこと言わないでよ」


 グビグビと、まるで風呂上りの水分補給かのように、いちごオレを飲んでいく。

 だいたい、半分くらい飲み終わったところで、ようやく俺に手渡してくれた。


「さぁ、飲みなさい」

「……」

「どうしたの?」

「ストロー、もう一本ちょうだいよ」

「は、はぁ!? 鳥山蘭華困惑フェスティバルが開催されちゃうわよ!?」

「勝手に開催してください。ストローくれないなら、もうそれは鳥山さんにあげるよ」

「魚谷くんの唾液がついてないストローとか、無価値じゃない……」


 うんざりするように、鳥山さんが呟いた。

 ……いちごオレをあげるってつもりで言ったんだけどな。


「じゃあ、あの。帰ります」

「何を言ってるの魚谷くん。まだまだ萌えのシチュエーションは用意してるわよ。エッチな本を一緒に読むとか。バックヤードに連れ込んで、イチャイチャでエロエロな弄り合いをするとか……。深夜のコンビニだからこそできる、最高のハッピーイベントが、目白押しなのよ!」


 鼻息を荒くして、俺に詰め寄ってくる鳥山さん。

 ……しまった。入口のドアは閉まってるんだったな。


 どうしよう。逃げられないけど。


「あとはそうね。アイスを一緒に舐めるとか……」

「コンビニ関係なくなってるじゃん」

「アイスと間違えて、魚谷くんをもう舐めちゃうとかね」

「おいおい」

「もう! 我慢できないわ! 魚谷くんを舐めます!」


 リアル鬼ごっこが始まってしまった。

 しかし、幸いなことに、コンビニは障害物が多い。

 鳥山さんのスピードを、活かしきれない状況なのだ。


「くそっ……。これなら、外に出てしまった方が、まだ捕まえられるかもしれないわね」


 玄人の意見が飛び出した。


「いいわ。じゃあ魚谷くん。外に出なさい」

「その発言聞いた後、外に出たいと思う?」

「じゃあハンデをあげるわ。あなたがこの店を出てから、五分後に私はこの店を出る。それでいいでしょう?」

「鳥山さん。コンビニっていうシチュエーションは、もういいの?」

「コンビニなんて庶民のたまり場、私が行くわけないじゃない」


 最低の発言。

 とりあえず……。許可が出たので、外に出よう。


 そして、外に出たのと同時に、俺はスマホを取り出し……。


 110番に、連絡を入れておいた。

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