第77話 うへへ……。ちょっと、米俵でそんな……。いやん……。

「戦じゃあああああ!!!」


 それは、体育館で行われていた、朝の全校集会での出来事。

 いきなり、立ち上がった鳥山さんが……。


 火縄銃を持っていた。


 俺は慌てて、鳥山さんの元に駆け寄る。

 いや、本来なら、生徒指導の先生とかが行くべきなんだけど、みんな俯いちゃってるので……。


「鳥山さん。エグい空気になってるから、やめとこう?」

「将軍様!」

「えっ」

「私、尾張より参りました、くノ一の鳥山蘭華と申します!」


 そう言って、鳥山さんはいきなり制服を脱ぎ始めた。

 止めることもできず、ただ見守っていると……。

 制服の下に、くノ一ぽいコスチュームを着ていたようで。


「くノ一に火縄銃のイメージないんだけど。普通、手裏剣とかじゃない?」

「家に手裏剣なんて、あるわけないじゃない! あんぽんたん!」

「火縄銃も普通無いよ……」

「そんなことを言っている場合ではありませぬなのわよ!」

「口調は統一しようね」

「統一するのは天下よ!」


 上手いこと言いましたけど? みたいな顔を、俺に向けてくる。


「スクショタイムよ。魚谷くん。ほら」


 火縄銃を構え、ドヤ顔。


「鳥山さん。全校生徒の表情を見てごらんよ」

「そうね。この民たちのために、戦には勝たないと」

「中途半端に設定抱えると、後から色々面倒だよ?」

「中途半端ってなによ!」

「どうせ毎回、最終的に、俺に○○してほしい! っていうオチになるんだから。変な設定作らずに、最初からそれを要求してこればいいのに」

「要求したら、あなたは応えてくれるのかしら?」

「いや、応えないけど……」

「はぁ!? 支離滅裂の極み乙女じゃない!」


 何その文字列……。


「それより魚谷くん。女の子がおしゃれしてきたら、まず最初に、似合ってるよって、褒めるべきじゃないかしら」

「いや……」

「魚谷くん、私のこれまでしてきた、数々のコスプレ……。一度だって、褒めてくれたことあった?」

「褒めてほしいなら、こういう場じゃなくてさ……。放課後とかにしてよ」

「放課後は普通にデートしたいもの」


 鳥山さんが、顔を赤らめる。

 ……今のところ、一回も、普通のデートに誘われたことはない。

 だいたい意味不明なクレイジー要素を、一つは詰めこんでくるからなぁ。


「ほら。可愛いでしょう? くノ一よ? 将軍様を裏で支える、健気な女性だわ?」

「健気な女性は、全校集会をぶち壊すことないから」

「は? ぶち壊してるつもりなんてないわよ。校長! 続けなさい! その無意味に長くて、どう考えてもつい最近読んだ本の影響を受けまくったとしか思えない、つまらなくて二番煎じなスピーチを!」

「こらこら」


 さっきまでは、一応舞台上にいた校長先生が、とても辛そうな表情をして、降りてしまった。


「ふっ。これぞまさに暗殺ね」

「どこが暗なの」

「根暗の暗よ!」

「めちゃくちゃ性格悪いじゃん……」

「で、あなた言ったわよね? こんなことせずに、素直に欲しい物を要求しろって」

「言ったけど、要求には応えないよ?」

「拙者の嫁となってくださらぬか……。って、言ってほしいのよ」

「絶対嫌です」

「がぁあああ!!!!!」


 鳥山さんが、唸りながら、火縄銃を構えた。


「覚悟しなさい。魚谷くん」

「待って。それはヤバくない?」

「そうよ。ヤバいわよ。だから早く言いなさいよ。拙者と子作りしてくださらぬかって」

「セリフ変わってるじゃん」

「戦国の世は、やっぱり子供がたくさんいた方がいいのよ。とりあえず三人くらい、サクッと作ってしまわないと」

「だいぶ倫理観の欠けた発言してるけど、大丈夫?」

「私、くノ一なんだから、倫理観なんて必要ないのよ!」


 くノ一に謝ってほしい。

 もういないけど。


 とりあえず、火縄銃は降ろさせた。


「物騒だから、やめようね」

「ちょっと……。急に手に触れてくるから、無抵抗になっちゃったじゃないの……」


 急に頬を赤らめて、普通の少女漫画みたいなこと言い出したんだけど。

 ……なんでこの、乙女顔が、常にできないのかなぁ。


「これはあれよね。くノ一として、様々な危ない仕事をこなし、その手を汚してきた私が、うっかり大けがをしてしまって、なんとか逃げ出した先にあった、小さな村の青年、魚谷くんに助けられ、くノ一ではなく、農民として暮らしていく決意をする……。そういうストーリーの始まりなのよね」


 手に触れると無効化できる日、らしいので、そのまま触れ続け、座らせた。

 そして、火縄銃も回収。


 いや、今まで結構、手に触れる機会はあったような気がしてるんだけど。

 よくわからない基準があるんだろうな……。


「……」


 すっかり大人しくなった鳥山さんは、おとなしく体操座りをしている。


「はぁ……。好き。魚谷くん……。好きぃ……。くノ一の私を、一人の繊細な女性として扱ってくれる夫……」


 完全に、妄想の世界に堕ちている。


「うへへ……。ちょっと、米俵でそんな……。いやん……。エッチなのね、魚谷くんったら……」


 ……米俵で?


 一体、どんなシチュエーションなのだろうか。


 なんだかんだあったけど、とりあえず、鳥山さんの鎮静化に成功し、平和は守られた。


 しかし、メンタルがやられてしまった校長先生が、スピーチを続けることはできず。


「えっと……。こんにちは~……。虎杖です。今日はね? 私のダイエットの進捗をお話しようと思って」


 ……どうやら、生徒指導部の教師として、一番年下の虎杖先生が、やらされることになったらしい。


 どこからか、ホワイトボードを引っ張って来て、なにやら点を書き始めた。

 そして、その点を、線で結ぶ。


「じゃじゃん。これが、ここ一週間の、私の体重の変化です!」


 ……心電図だったら、死んでるぞこれ。


「すごいでしょう? この私が、一週間体重をキープできたの! 増えなかったの!」


 生徒たちから、暖かい拍手が送られた。


 これじゃあ、痩せられるわけないよな。

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