第76話 もし私が、魚谷くんに石をもらったら、その場で飲み込むわ!!!!

「あれっ。虎杖先生」

「おはよう魚谷くん」

「一限、国語じゃないですよね? どうしたんですか?」

「実はね……」


 虎杖先生が、黒板に、何かを書き始めた。


「こういうことなの」


 抜き打ち持ち物検査。

 ……なるほど。


「こう見えても私、生徒指導部の一員なんだよ?」

「そうなんですね」


 じゃあ、もう少し鳥山さんをしっかりと指導してほしいですね。

 とは、言わなかった。


 いきなりの抜き打ち検査に、教室がざわつき始める。


「はいみんな! 教室出たらダメだよ? 机の上にカバンを置いてください!」


 さすが、普段から鳥山さんの異常行動を、純粋に受け入れているクラスメイト。

 全員が、きちんと指示に従った。


「ほら。魚谷くんも、席に戻って」

「はい……」


 抜き打ちか……。

 俺は別に、何も余計なものは、持ってきてないけど。


「うんうん。みんな良い子だね~」


 教室の入り口側の席から、順番にチェックが始まった。


「あっ! このお菓子、美味しそうだから没収~」


 ……虎杖先生。


「……じょ、冗談だよ?」


 クラスの視線を感じたのか、一度手に取ったスナック菓子を、カバンの中に戻した。

 痩せる気あるのだろうか。この人。


 そして、滞りなく、検査は進んでいき。


 ……問題児、鳥山蘭華の番がやってきた。


 さっきから、一言も発さない鳥山さんは、やはり不気味で……。

 虎杖先生の顔にも、緊張が見られる。


「と、鳥山さん。見るよ?」

「……後悔するわよ」

「……」


 教室に、緊張が走る。

 虎杖先生が、ゆっくりと、鳥山さんのカバンを開けた。


「……えっ」


 そして、カバンの中に、手を突っ込む。

 完全に、目が泳いでいた。


「なに、これ……」


 カバンの中から、何かを取り出した虎杖先生。

 震える手が掴んでいたのは……。


 大量の、札束だった。

 これだけなら、ギリギリ許容できたかもしれない。

 だけど……。


 俺の席から見ても、はっきりわかるくらい、血痕がついていたのだ。


「……」


 虎杖先生が、無言で、俺の方に顔を向ける。

 こっち見ないでくれ。絶対に関わってたまるか。


「魚谷くん。こちらに来なさい」


 残念なことに、ご本人から、呼び出されてしまった。


「な、なに?」

「見なさいよ。ほら。お金よ?」

「怖いって……」


 カバンの中には、まだたくさん札束が入っている。

 どれも、血痕というおまけつき。


「えっと。持ち物検査終了~! ということで! 私は戻りま~す!」

「あっ、ちょっと!」


 虎杖先生が、逃げてしまった。

 そして、なぜかクラスメイトも、次々と教室から出て行く。

 えっ、何で? どうして俺を鳥山さんと二人きりにしようとするんだよ。


「……ようやく、二人きりになれたわね」


 鳥山さんが、優しく微笑んだ。


 ……怖いんだけど。


「これ……。大丈夫な金?」

「魚谷くん。金は金よ。そこに大丈夫も何もないわ」

「あるって。血痕ついてるじゃん」

「血痕くらいつくわよ!」

「つかないって……」

「そんなことより魚谷くん! 今日はこれなんかよりも、すごいものを見つけちゃったのよ!」


 そう言って、鳥山さんが、カバンの奥から取り出したのは……。


 ……小さな、オレンジ色の石だった。


「すごいでしょう!? ここへ来る途中に拾ったのよ! こんなに完璧なオレンジって、あるかしら!」


 まるで、小学校低学年みたいなテンションで、目をキラキラさせている鳥山さん。

 確かに、めちゃくちゃ鮮やかなオレンジだけど……。


「これをプレゼントしたら、きっと喜ぶと思って……。良かったわ。もし虎杖先生に見つかったら、不要物として、没収されていたかもしれないもの」

「いや……。石は大丈夫じゃない?」

「どうぞ。私だと思って、大事に扱ってね?」

「……いらないです」

「はぁ!?」


 鳥山さんが、ブちぎれた。


「なんで!? こんなに可愛い美少女のプレゼントなのよ!? どうして受け取れないの!? 受け取るなんて、何の労力も必要ないじゃない! 小さな石よ!? スペースだって取らない! もし私が、魚谷くんに石をもらったら、その場で飲み込むわ!!!!」


 死ぬって……。

 それとも、石すら消化できる仕組みなのだろうか。鳥山さんの体は。


「わかったわ魚谷くん。じゃあ、こうしましょう。札束をあげるから、石を受け取ってちょうだい」

「ちょっと待って。何その怖い交渉」

「いいから。ほら」


 札束を手渡してくる鳥山さん。

 当然、拒否した。


「なんでよ!! お金あげるって言ってるのよ!?」

「そんなお金、もらえるわけないでしょ」

「どうして? ただのお金じゃない……」

「じゃあ、入手経路言える?」

「……」


 黙ったんだけど……。


「……わかったわ。じゃあ、言い方を変えます」


 鳥山さんが、眉をしかめ……。言った。


「この金を受け取るか、石を受け取るか……。どっちがいいかしら」

「……石」

「そうよね! やった~! はいど~ぞ!」


 一気に笑顔になった鳥山さんに、石を押し付けられた。

 いらないなぁ……。


「じゃあ、私は帰るわね」

「え? いや、まだ授業前……」

「授業なんて受けてる場合じゃないわよ」

「……」


 去って行く鳥山さんの背中が……。

 いつもより、大きく見えた。

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