第74話 美味しくな~れ! 萌え萌えび~む!

「お帰りなさいませ! ご主人様!」


 メイド服を着た鳥山さんが、校門の前に立っている。


「お帰りなさいませっつってんのよ」

「おはよう」


 態度の悪いメイドだな……。


「このコスプレ衣装、ド○キで安くなっていたから、買ってみたのだけれど……。どう?」

「似合ってるよ」

「似合ってるのはわかってるのよ」

「……」

「私が聞きたいのはね? 果たしてこれを着ている私に、お金を払ってまで会いたいかということなの」

「えっと……?」

「つまり、メイド喫茶の良さがわからないって言いたいわけ」

「なるほどね」


 まぁ、そういう人もいるだろうな。

 俺も行ったことないから、なんとも言えないけど。


「と、いうわけで! 今日はメイド喫茶に行くわよ!」

「え? いや学校……」

「学校? それはありません」

「グーグル翻訳みたいになってるよ」

「レッツゴ~!」


 いきなり、爆速でタクシーがやってきて、強引に乗せられてしまった。


 ☆ ☆ ☆


「着いたわね! メイド喫茶!」

「……」


 現在時刻、午前八時三十分。

 当然、オープンしているわけがない。


「って、開いてないじゃないの!」

「当たり前じゃん……」

「困ったわね。企画倒れじゃない」


 鳥山さんが、腕を組んでいる。

 今日は解放されるかもしれない。


 そう思っていたら。


「え……?」


 急に、虎杖先生が現れた。


「あれ。虎杖先生。おはようございます」

「どどど、どうして二人がここに?」

「あら虎杖先生。ダイエットのために、歩いているのかしら」

「モーニング失礼やめて」


 なにやら、あたふたとしている様子。


「そ、その。私はたまたま、通りがかっただけだから~。ばいば~い」

「待ちなさい」

「ひゃっ!?」


 素早い動きで、鳥山さんが、虎杖先生の目の前に移動した。


「その大きな紙袋……。一体、何が入っているのかしら」

「え? 夢と希望かな」

「脂肪でしょ?」

「鳥山さん。私、あなたに何かした?」

「いいから見せなさい!」

「いやぁ!!」


 こうして、紙袋の中から、出てきたのは……。

 ……メイド服だった。


 これは一体……。


「い、虎杖先生。それ……」

「違うの魚谷くん。違うから」

「違わないじゃない。あの店の名前がプリントされているわ」

「……」


 虎杖先生が、頭を抱えている。

 教師は、副業禁止だ。


「二人とも勘違いしてるよ。実はこのメイド喫茶で、妹が働いていて」

「でも、名札に虎杖先生の顔写真が貼りつけてあるわよ」

「見間違いじゃない?」

「ほら、見なさいよ。ほらほら」

「……」


 ……もはや、言い逃れはできないな。


「……ふっ」


 虎杖先生が、不気味に微笑んだ。

 その目からは、ハイライトが消えている。


「そうだよ。私……。こっそりメイド喫茶で、バイトしてるの」

「あらら」

「今日はね。教師サボってメイドになる予定だったの」

「なかなかですね……」


 土日とかなら、わかるけども。

 平日堂々と、学校をサボってしまっているのは、バレたらそこそこ怒られるんじゃなかろうか。


「とんでもない弱みを握ってしまったわ」

「鳥山さん。本当に勘弁してほしいの。バイト、今日で辞めるから。ね?」

「そういうわけにはいかないわ。これまで、国語の教師として、舞姫や羅生門を読んでいるとき、心の中では、メイドになっていたんでしょう? そんな中途半端な気持ちで、授業をされていたと思うと、強い憤りを感じるわ」


 ほとんど授業聞いてないじゃん。

 って顔を、虎杖先生がしてます。

 もちろん俺もしてます。


「どうしたら、許してくれる?」

「そうね。実は私たち、メイド喫茶を味わおうと思っていたのだけれど……。早く来すぎてしまったのよね。だから、学校に戻って、虎杖先生のメイドを見せなさい。それで勘弁してあげるわ」

「……生徒に対して、メイドをしろって言うの?」

「そうよ? というか、今の私たちは、生徒と教師ではなくて、明確な主従関係にあるわ。わかっているわよね? まさに、メイドとご主人様なのよ」

「……」

「ほら。言ってみなさいよ。ご主人様お帰りなさ~いって」

「ご……ご主人様。お帰りなさい」

「……魚谷くん。ちょっと良いかもしれないわ。これ」


 どう考えても、本来の意味じゃないところで、気持ち良さを感じてるでしょ。この人。


 ☆ ☆ ☆


 と、いうわけで。

 いつもの如く、授業をサボり。

 視聴覚室を訪れている俺たち。


「お帰りなさいませっ! ご主人様~!」


 どうやら、何か吹っ切れたらしい。

 普段より、二倍くらい声が高くなった虎杖先生が、しっかりとメイド服を着て、出迎えてくれた。


「私、いたりんって言います! ドジっ娘メイドですけど、怒らないでくださいねっ?」

「は? 人のミスは叩いてでも注意しないとダメよ」

「鳥山さん。設定だから」

「ふん……」


 納得していない様子。

 あんた散々、コスプレとかしてきてるでしょうが。

 許容しなさいよ。それくらい。


 と、いうわけで、席に案内された俺たち。

 席と言っても、机を二つ並べただけだが。


「ご注文はいかがいたしますか?」

「そうね……。最近あったショックな話で」

「トーク番組じゃないんだって」

「今が一番ショックだよ」

「メイドさんも答えなくていいから」


 すごい。

 この空間、誰も得してないぞ。


「こういうメイド喫茶って、オムライスとかがメジャーな気はするけど」

「そう言われると思って~。じゃじゃ~ん!」


 冷えたオムライスが出てきた。


「ケチャップで、お絵かきさせていただきま~す!」


 虎杖先生が書いたのは……。

 ……苦。という一文字だった。


「器用なのね。虎杖先生。太ってるくせに」

「シンプルな罵倒ですね~!」

「でもちょうどいいわ。オムライスの口だったのよ」


 そんな口ある?

 スプーンを持ち、オムライスを食べようと思った鳥山さんを、虎杖先生が止めた。


「お待ちください! 今から、美味しくなる魔法をかけま~す!」

「魔法?」

「はいっ! こうやって、手でハートを作って~。美味しくな~れ! 萌え萌えび~む!」

「ははっ」


 鳥山さんが、雑に笑った。

 虎杖先生の顔が、真っ赤になっている。


「ご、ご主人様たちも、一緒にやりましょう!」

「嫌よ。なんで?」

「鳥山さん。そういうのやるのが、メイド喫茶の醍醐味だから」

「……待って。閃いたわ」

「何?」

「加恋ちゃんがメイドをやれば、加恋ちゃんの萌え萌えび~むのかかったオムライスが、食べられるってこと?」

「そうだけど……」

「こうしちゃいられないわ。すぐに中等部に行ってくるわね。ありがとう魚谷くん!」

「えっ?」


 足をぐるぐるにしながら、鳥山さんが出て行った。


 残されたのは。

 俺と、半泣きのアラサーメイド。


「魚谷くん。私、きついかな」

「まぁ、はい」

「そうだよね。アラサーで、たいして可愛くも無い私が、メイドなんて……」

「可愛くないことは、無いですけど」

「えっ……?」


 虎杖先生の頬が、ちょっと赤くなった。


「あぁいや。俺はあんまり好みのタイプではないですけどね」

「お世辞くらい言えないの?」


 虎杖先生は、名札を床に投げ捨て、オムライスをやけ食いし始めた。


 ……だから太るんだよなぁ。

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