第73話 もったいない! そのままの頭皮の匂いを味わいたいのに!

「……」

「……」

「……」

「あの、鳥山さん」

「……」

「そこ、退いてもらってもいい?」

「……」


 毎度毎度、朝登校すると、俺の机の上に座っていることが多い鳥山さんだが。

 今日はなぜか、顔を隠して、体を小さくして、蹲っている。


「なんかあったの?」

「……」


 そして、何も答えない。


 いくつかパターンを予想してみよう。

 一つ目。

 顔を上げたら、特殊メイクをしている、びっくり系の悪戯。

 二つ目。

 お腹に何かを隠している系。

 三つ目。

 これが一番可能性が高いけど。


 単なる嫌がらせ。


「ねぇって。鳥山さん」

「……」

「……あっ。あんなところに、俺のパンツが」

「パンツ!?」


 鳥山さんが、机から飛び降りた。


「どこ? どこなのパンツ! ここね!?」

「おい」


 下半身にタックルしてきたので、慌てて回避した。

 思いっきり壁に激突した鳥山さんが、こちらを恨めしそうに睨んでくる。


「痛いじゃない……。なんで避けるのよ!」

「パンツは嘘だよ……」

「嘘じゃないわよ。今日の天気、晴れのちパンツでしょ?」

「そういう絵本のタイトル、見たことある気がするんだけど」

「全くもう。せっかく私たちの子供を、温めている最中だったのに」

「……ん?」


 気になるセリフが、ここで飛び出しました。


「鳥山さん。なんて?」

「だから、私たちの子供を、温めている最中だったのよ。ほら」


 鳥山さんが……。いきなり、胸の谷間に手を突っ込んで、何かを取り出した。


 小さい、カプセルのようなものだ。


「なにそれ……」

「これを温めるとね? あなたとの子供が産まれるのよ」

「鳥山さんって、ほ乳類だよね?」

「そうよ? だけど、愛さえあれば、どんな形だって、子供は生まれるのよね……」


 愛に満ちた表情で、カプセルを撫でている鳥山さん。

 すごい……。狂気を感じるんだけど。


「あっ! 中で音がしたわ? もしかして、もうすぐ生まれるのかしら!」

「知らないよ……」

「冷たいわね! あなたとの子供なのよ!? 認知しなさい! 裁判する!? ねぇ裁判!」

「裁判裁判言わないでよ」

「じゃあ認知しなさい。私たちの愛の結晶よ。ほら、撫でてみて」

「……はぁ。仕方ないなぁ」


 俺は、鳥山さんから、カプセルを――。


 受け取ったのだが。


 うっかり、落としてしまった。


 パリンっと、嫌な音を立て、カプセルが割れる。


 中から出てきたのは……。


 髪の毛だった。


「う、うわぁ……。なにこれ」

「……ユルサナイ」

「え?」

「ユルサナイ! あなたが殺したのよ!」

「いやいやいや。何この展開」

「見なさいよ! この無残な姿を!」


 鳥山さんが、まるで、排水溝に詰まっているみたいな状態になった髪の毛を、拾い上げた。


「……マジで気持ち悪いんだけど。なに?」

「これはね。私の髪の毛と、あなたの髪の毛を配合したものよ」

「は、はぁ……」

「つまり、私たちの遺伝子が、複雑に絡み合っているの……。これを温めれば、いつか私たちの子供が産まれるかもしれないじゃない! どうして殺してしまうの!? このサイコパス!」


 どっちがサイコパスだよ……。

 最近の鳥山さん、文化祭の出し物に向けて、ウォーミングアップをしすぎてる気がする。

 まだ、三か月くらい先の話なのに……。


「……なによその、狂った女を見るような目は」

「狂った女を見てるんだよ」

「まさに、目が節穴とは、このことを言うのね。あ~白けちゃった。どうするのよこの髪の毛。床に落ちちゃったから、もう食べられないわよ?」


 ……床に落ちてなかったら、食べるのか。


 本当に怖い。

 なんだろう。今日の鳥山さんは、スイッチが入ってる。


「気づいたようね。魚谷くん」

「え?」

「そうよ。私は今日、元気むかむか鳥山蘭華なのよ」

「元気むかむか……?」

「そう。つまり……。あなたの新鮮な髪の毛を、いただくわ」

「文脈めちゃくちゃじゃない?」

「もう古いものは、しゃぶりつくしてしまったのよ。やっぱり新しいものが欲しいわ」


 ……。

 帰りたい。


「くれるわよね? だって、この髪の毛を壊したんだもの」

「髪の毛に、壊れるとかないでしょ」

「細胞が壊れたわ。理科室に行って、確認してみなさいよ」

「嫌だよ気持ち悪い……」

「ほら、早く! さっさと髪の毛!」

「……はい」


 結局。

 髪が欲しくて、これだけまどろっこしいことをしたんだろうなぁ。


 俺は、一本髪を抜いて、鳥山さんに手渡した。


「すごい……。新鮮ですね! 無農薬ですか?」

「農場のリポートしてるんじゃないんだから。シャンプーもリンスも使ってますよ」

「もったいない! そのままの頭皮の匂いを味わいたいのに!」

「……」

「違うのよ魚谷くん。どうしてもそういう気分の日ってあるじゃない。ね?」

「無いよ」

「あるのよ! ないって言うなら、ないことを科学的に証明しなさい!」

「髪の毛あげたから、もう向こう行ってもらっていい?」

「冷たいわね……。でも、目的は達成したわ。今日はこれで勘弁してあげる」


 満足そうに、髪の毛をカプセルにしまう鳥山さん。

 今日は……。

 ここ数日で、一番キツイ日だったなぁ。


 ☆ ☆ ☆


「魚谷くん! 私たちの子供が!」

「……」


 翌日。


 少し大きめのカプセルを持った鳥山さんが、元気に話しかけてきた。


 そして。


「うおりゃあああああ!!!!!」


 カプセルを、壁に向けて投げつけた。


「……何してんの?」


 壁にぶつかり、割れたカプセルが、床に落下。

 その中から……。


 ……男性モノの、パンツが出てきた。

 多分、俺の家から、盗んだヤツだと思う。


 ところどころ、色が落ちている。


「吸い過ぎて、もう魚谷くん汁が出なくなっちゃったのよ。新しいのと代えてちょうだい」

「ストレートに要求するのやめてくれる?」


 改めて、とんでも無い女だと思いました。

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