第72話 ねぇ叱って? ハァ……。ハァ……。し、叱ってちょうだいよぉ。

 今日も疲れたな……。

 鳥山さんに、変な絡み方をされて……。


 こんな日が、いつまで続くのだろうか。


 唯一、寝る時間だけが、人生の楽しみになっていた。

 まず、アロマキャンドルを焚く。


 ……何おしゃれぶってんだよって、言われてしまうかもしれないが、これが本当に心地いい。


 日頃のストレスとかを、全部癒してくれる。


 よし、寝るか……。


 俺は布団を捲った。


「……え」


 そこに。


 ――鳥山さんがいた。


「うわああああ!!!!」

「あら。おはよう魚谷くん」

「おい! ふざけんなマジで!」

「どうしたの魚谷くん。いつもの冷静なツッコミは?」

「冷静にツッコめるわけないでしょうが! 心臓止まるかと思ったよ!」

「ふんっ。普段、私のことをドキドキさせて、心臓に負担をかけているじゃない。おあいこよ」


 どうしてそんな、堂々と開き直れるんだ……。


「いつのまに……」

「あぁ。普通に加恋ちゃんに入れてもらったのよ」

「加恋……」

「まって魚谷くん。加恋ちゃんを叱るつもり? それなら私を叱ってちょうだいよ。ねぇ叱って? ハァ……。ハァ……。し、叱ってちょうだいよぉ」


 なんだこの変態。

 人の布団に、ドバドバ涎を垂らしている。

 ……最悪だ。

 今日は、リビングのソファーで寝よう。


「あら? どこに行くのよ魚谷くん」

「俺はリビングで寝るから、勝手に布団使ってください」

「あんぽんたんなこと言わないでちょうだい! あなたと一緒に寝るために、わざわざここまでやってきたのよ!?」

「知らないよ……」

「それなら、ここに来るまでのタクシー代を払いなさい!」

「酷いクレーマーだ……」


 そもそも、黒服に車で送ってもらえばいいのに……。

 なんでタクシー使ってるんだよ。


「別に、何もしないわよ? 私。めっちゃ匂い嗅ぐだけ」

「十分嫌だよ……」

「あと、たまに頭皮に付いた皮脂を吸っちゃうかも……」

「人間のすることじゃないよ」

「それから、興奮しすぎて、三回くらいおもらしをしてしまうかもしれないわ」

「ダメダメ。終わり。帰って下さい」

「大丈夫よ。おむつ履いてきたから。これすごいわよ? 三回までは、一切外に漏らすことなく、吸収してくれるの。あと二回は耐えてくれるわ」


 ……一回漏らしてるの?


 なんて、怖くて訊けなかった。


「ていうか魚谷くん。アロマキャンドルなんて焚くタイプだったのね。意外だわ」

「……良いじゃん別に」

「もちろんもちろん。好きな匂いを嗅いで眠りたいという欲求は、自然だと思うわ。……だから私も」

「それはダメです」

「まだ話の途中じゃない!」

「だいたい、言うこと想像できるから」

「それってつまり、相思相愛ってことじゃないの!? あ~興奮する~!!!!!」


 鳥山さんが、ブルりと体を震わせた。


「……あと一回ね」

「……マジで言ってるの?」

「あなたが私を興奮させるのが悪いのよ。おむつを履いているという安心感から、もう止まんないわこれ。あ~やばい。そもそもこの空間が魚谷くんスメルワールドって感じがして最高。あうぅうううう」

「待って本当に。一線超えてるって」

「……ふふっ」


 何やら、スッキリした様子の鳥山さんが、不敵な笑みを浮かべた。


「もう、次は無いわ」

「いや、精神的な苦痛がエグいんだけど」

「ちょっと喉が渇いてきたわね。水を持ってきてちょうだい」

「嫌だよ。飲んだら出るじゃん」

「失礼ね。私、もう高校二年生なのよ? 尿を漏らすタイミングくらい、自分で選べるわよ」

「漏らす前提で会話進めるのやめてくれない?」


 どうしよう。加恋を呼ぶか?

 俺が鳥山さんに触れたら、間違いなく漏らすだろうし。

 かと言って、さっさとこの部屋から出て行ってもらわないことには、どうしようもないし。


「下半身が重たいわ。これが二人の愛の証なのね」

「イカれてんの?」

「どこがイカれてるのよ。好きな人の家に来て、部屋に忍び込んで、布団の中に身を隠し、バレたところで、おむつを履きつつ三回おもらししただけじゃない」

「しっかり自分のしたことを把握してるのに、それでも開き直れるのは、本当にすごいと思う」

「あなたが! 一緒に寝てくれないから、こうなったのよ!? 普通に布団に入って、すやすやと寝てくれれば、おもらしなんてしなかったもの!」


 どの口が言うんだよ。


「あっ、大きい声を出したら、ちょっとヤバイかもしれないわ。あんまり叫ばせないでちょうだい」

「あの、さっさと出て行ってもらえる? トイレに行きなよ」

「動いたら出るわ」

「……」

「待って。だんだんおむつが、許容できなくなってきたわ。三回吸収するとはいっても、個人差があるみたいなの」

「いやいやいや。勘弁してよ。鳥山さ――」


 じょぼじょぼじょぼ……。


 俺の部屋の、買ったばかりのカーペット。

 そこへ、水が注がれていく。


「……ふぅ」


 スッキリした顔の鳥山さん。


 漏らした部分を、荒々しく踏みつけ……。


「この部屋を、水浸しにしてやるわ!!!!」


 そう、大きな声で、放尿しながら叫んだ……。


 本当にあった、怖い話。


 ☆ ☆ ☆


「却下」

「なんで!?」


 引き続き行われている、文化祭の話し合い。


 ……連続で、おもらしENDという、不快極まりないオチを持ち込んだ鳥山さんに、俺は呆れてしまった。


「なんなの。そういう願望があるの? 鳥山さんは」

「いいえ。現実の私は、さすがに好きな人の前で、おもらしなんてできないわ。魚谷くんが漏らす分には、しっかりと受け止めるから、別に問題無いけれど」


 変態レベルとしては、大差無いじゃん……。


 そんなこんなで、文化祭の出し物について話し合う会は、まだまだ続きそうです……。

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