第70話 ほら、早くしゃぶりなさいよ。ねぇ。

「ナマステ~!!!!!」


 俺の机の上に。

 ドカンと、大きな鍋が置かれた。


 置いたのはもちろん、鳥山さん。


 満面の笑みを浮かべ、俺を見降ろしている。


「おはよう……」

「ナマステ~!!!!」


 鍋から漂う、カレーの匂い。

 一体、どういうつもりなんだろう。


「魚谷くん。私は気が付いたのよ。結局男なんて、カレーが一番好きなのよね」


 男、舐められすぎじゃない?


「で、作ってきたの?」

「そうなのよ。さぁ立ち上がって? 鍋の中身を除いてごらんなさいよ」

「いや、俺あんまり朝は食欲なくて……」

「いいから立ちなさい。カレーまみれになりたくないならね」

「笑顔で言わないでよ」

「いいから立ちなさい。カレーまみれになりたくないならね」

「真顔で言い直さなくていいから」


 どうやら本気らしいので、俺は立ち上がることした。

 そして、蓋を開けさせてもらう。


 ……カレーだな。

 当たり前だけど。


「どう?」

「カレーだね」

「そうでしょう? じゃあ、早速よそってあげるわね」


 いつの間にか、隣の机の上に、食器が並べられている。


「で、魚谷くん。カレーと言えば、ご飯で食べるか、ナンで食べるか、私で食べるかっていう、三択が主になってくると思うのだけど」

「あの」

「まずはご飯ね。はいどうぞ」

「……」


 とりあえず、受け取ったカレーを、食べることにする。

 ……うん。普通に美味い。


「美味しいでしょう? やっぱり日本人は、お米よね?」

「そうだね……」

「でも、ナンも用意したから、食べてみなさい」


 次に、ナンを浸して食べる。

 当然、美味い。


「美味しい?」

「うん」

「良かったわ。じゃあ、最後は、私ね」


 そう言って、鳥山さんは……。

 鍋の中に、指を突っ込んだ。


 そして、カレーのついた指を、俺に向けてくる。


「さぁどうぞ。召し上がれ?」

「あのさ。俺、鳥山さんになんかした?」

「何もしてないわ。そう、何もしてくれないのよ! 私がこんなに、あなたに尽くしているというのに、何もしてくれない! あ~何もしてくれない! 何もしてくれないわね! ナンナンナン! 何もしてくれないのよ!」


 よくわからないけど、バグを起こしてしまったらしい。


 俺は鳥山さんに、ティッシュを手渡した。


「ありがとう」


 そのティッシュを。

 ……カレーに浸して、食べてしまった。


「うん。魚谷くんの手の油。そこにマッチするカレーの甘味とコク……。たまらないわね。星三つ」


 指を三本立て、俺に見せつけてくる。

 そして。


 その三本の指を、再びカレーにぶち込んだ。


「どう? 今度は三本よ?」

「シュールすぎるって。展開が」

「発想はね? どうやったら魚谷くんに、指をしゃぶってもらえるかっていうところからきているの。色々考えた結果、結局カレーが付いてりゃ、男なんてあんぽんたんだから、喜んでしゃぶってくれるっていう結論に至ったわ」


 考えが甘すぎる。

 普通に考えて……。

 異性の指を、舐めるわけがない。


「ほら、早くしゃぶりなさいよ。ねぇ」

「勘弁してよ本当に」

「照れてるの? 全く魚谷くんは……。じゃあ、小指だけでもいいわ。しゃぶりなさい?」


 小指にカレーを付け、俺に迫ってくる。

 床にぽとぽとと、カレーが垂れていた。

 ……掃除、大変だろうな。


「本当にやめてほしい。指はしゃぶらないって。いくらなんでも」

「指以外ならいいの? だったら……」


 鳥山さんが、息を吸い込んだ。

 そして、鍋に顔を近づけている。


 い、いや。まさか……。


 ものすごく不安な気持ちを抱えながらも、俺は動けずにいた。


 すると。


 鳥山さんが、鍋に顔を突っ込んだ。


「鳥山さん!?」


 意味がわからない。

 何をしているんだこの人は。


 上がってきた鳥山さんの顔には……。

 びっしりと、カレーがついていた。


 まるで、パイ投げをくらった後の人みたいになっている。


「……さぁ魚谷くん。私の顔面。どこを舐めても、カレーが味わえるわ」


 化け物だ……。

 カレーのお化けが、誕生してしまった。


「それ、前見えてるの?」

「心配しなくてもいいわよ。見えてないけど、魚谷くんの位置は、完璧に把握しているから」


 その言葉通り。

 目を閉じているはずの鳥山さんが……。


 正確に、距離を詰めてくる。


「さぁ魚谷くん。おでこがいい? それともほっぺ? あごなんかも良いわね。あぁでも涙袋も捨てがたいかしら」

「こ、こっちに来ないでくれ……」

「……なんて。本当はもちろん。ここよね?」


 鳥山さんが、自分の唇を指差した。


「逃げないでよ。あなたもカレーになるの……」

「主旨変わってるじゃん……。人をカレーにする妖怪になってるよ」

「魚谷くん。カレーだけに、華麗に踊りなさい」

「酷いダジャレだし、どうして踊らないといけないの」

「うるああ!!」

「うわぁ!」


 いきなり、襲い掛かってきた鳥山さんを、ギリギリのところで避けた。

 カレーが、教室中に飛び散っていく。


「……うまく躱したわね。さぁ、もっと遊びましょう!」

「あの、鳥山さん」

「なによ」

「マジで考え直した方が良いと思うよ。目的を見失ってると思う」

「目的……?」


 色々、試してきた鳥山さん。

 基本的には、俺に好かれたくて、やってたんじゃなかったっけ。


 これもう、明らかにただの化け物だから。


「……私の目的は、人類をカレーに変えることよ!」


 ダメだった。

 脳みそまで、カレーに支配されている。


「覚悟しなさい、人間! 散々食されてきた、カレーの気持ちを、今思い知るがいい!!!」


 しばらく暴れた鳥山さんだったけど。


 その後、普通に、教室をめちゃくちゃ汚した罰として、一人で掃除することを命じられてて、面白かったです。

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