第69話 良いじゃない。顔面べろんべろんくらい。

「よく、プレゼントは……。私で~す! みたいな展開ってあるじゃない」

「あるね」

「あれ、めちゃくちゃ嫌いなのよ」

「どうしたの急に」


 鳥山さんにしては、珍しい切り口で、会話が始まった。


「魚谷くんは、人間の価値って、どう計ると思う?」

「……難しい話するね」

「基本的には、魚谷くん以外の人間の価値なんて、無いに等しいと、私は思っているわ」

「おいおい」


 猫居とか……。

 虎杖先生とか……いるだろ。


「あっ、もちろん、家族は大事よ? 加恋ちゃんも含めてね」

「加恋を家族に含めないでくれる?」

「つまりね? 無価値に等しい人間がプレゼントということは……。それって、一円も消費していないプレゼントなのよ。わかる?」

「まぁ……」

「小さい子が、その辺の公園で摘んできた花を、ママ~! プレゼント! って言って、母親に渡すのと同じなのよね。……でも、魚谷くんと私の間にできる子供に、そんなことされたら、興奮しすぎて、胃液全部吐いちゃうかもしれないわ」


 鳥山さんの呼吸が、急に荒くなった。

 ……相変わらず、表現が汚いなぁ。


「なんか、いつもと違って、哲学的な話してるけど……。なんかあったの?」

「何もないわよ? ほら、私って、なんか最近、あんぽんたんだと思われているみたいだから、時には知性を見せつけてやろうと思ってね」

「なるほど」

「魚谷くんの……。靴下が舐めたい」

「知性は?」

「はっ。いいえ違うのよ。魚谷くんと二人きりだと、ついうっかり、我を忘れてしまいそうになるの。あなたのせいなんだからね? 私をこんなに興奮させて。年中発情期なんだから」


 うさぎかよ……。


「そもそも、プレゼントは私です! って言われて、男の子はどうなの?」

「うん……。正直、重たいなって思う」

「虎杖先生のように?」

「物理的な話ではなくて」


 今頃職員室で、虎杖先生がくしゃみをしていると思う。


「普通に、入浴剤とかくれると嬉しいかな」

「まぁ。おしゃれなのね。そういうところも好き。でもごめんなさい。私、シャワーで済ませてしまうタイプなの……」

「鳥山さんの入浴スタイルは、一切関係なくない?」

「関係あるわよ! 良い? 新婚生活が始まって間もなくは、絶対に一緒に風呂に入らないといけないの。例えシャワーを浴びるだけでもね」

「誰が言ってたのそんなこと」

「私よ」

「……そうですか」


 本当に、隙あらば、結婚する前提で話を進めてくるな……。

 何回も言うけど、結婚したいのであれば、もっと態度を改めてほしい。


「でも、だいたい分かったわ。魚谷くんにプレゼントする時は、私の汗をたくさん使用した入浴剤を選べばいいわね?」

「どうしてそうなっちゃった?」

「え? 逆にどうしてそうならないの?」


 鳥山さんが、首を傾げている。


「常識を捻じ曲げようとするの、やめてくれない?」

「プレゼントは、私の汗! ……これなら、悪くないかもしれないわね」

「めちゃくちゃ悪いよ。何考えてるの?」

「文句ばっかりじゃない! 人からもらったプレゼントくらい、喜んで受け取りなさいよ!」

「いやでしょ……。人の汗を練り込んだ入浴剤なんて」

「私は魚谷くんの汗とか……。そのまんま溜めて、入浴してもいいかと思ってるくらいだわ」


 気持ち悪いなぁ……。


「なんでそんな顔するのよ! 良いじゃない! 好きな人の匂いに包まれたいって思うのは、自然な発想でしょう!?」

「汗で入浴したいって発想は……。自然じゃないと思う」

「自然って、何かしらね」


 急にまた、哲学に戻った。


「だって、私にとっては、今ここで、魚谷くんを押し倒して、べろんべろんに顔面を舐めまわすことですら、自然な行為と言えるもの」

「そんなことされたら、マジで学校辞めると思う」

「辞めてもいいけれど、圧力をバンッバンにかけて、次の学校にはいけない状態にするわよ?」

「権力者アピールやめてよ」

「良いじゃない。顔面べろんべろんくらい。今時、どんなカップルだって、そのくらいのことはしているわよ?」


 一体、何を参考にしたんだろう……。


「魚谷くんが、直接顔面べろんべろんをさせてくれないせいで、私……。空中を舐めまわすしかないじゃない」

「え?」

「ほら。この辺り、さっき魚谷くんが立っていた場所なのよ。ここを……。んはぁ……」


 空中に舌を出して……。

 べろんべろんと、円を描くように、回し始めた。


 マジで何してんの……。


「魚谷くんが吐いた二酸化炭素が、たっぷり含まれた空気を、べろんべろんすることで、溜まった欲望を解消しているわ。偉いでしょう?」

「俺に言わず、勝手にやってくれれば、偉かったかもしれないね」

「人間の細胞って、毎日ものすごい数が、入れ替わっているのよ。つまり、一か月後の魚谷くんは、別人とすら言えてしまうのよ」


 忘れたころに、無理矢理ねじ込まれる哲学的思考。


「そして、魚谷くんがさっきまで存在した空間には……。魚谷くんの吐いた空気や、魚谷くんの肌の油が付着した空気……。などなどが含まれている。それってつまり、魚谷くんとも呼べるわけ。今私がべろんべろんしている空間は……。魚谷くんそのものなのよ」


 そう言いながら。


 またしても、べろんべろんを再開する鳥山さん。


 これって、何かしらの軽犯罪じゃないか?


「そして、今魚谷くんが吸っている空気も、いつか私が吐いた空気で……。へへっ。たまらないわね」

「帰ってもいいかな」

「今日は特別に許してあげるわ。……あなたの吐いた空気、全部頂いちゃうわね?」


 もし、鳥山さんが、何かプレゼントしてくれると言ってきたら。


 空気清浄機を、頼もうと思う。

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