第68話 好き
今日は珍しく、あんまり話しかけてこないなぁ。
なんて思いながら、帰る準備をしていたら。
鳥山さんが、急に顔を近づけてきて……。
「好き」
そう言った。
……一体何を企んでいるんだ?
あと、めちゃくちゃ顔が近いんですけど。
「好き」
とりあえず、無視して、カバンに荷物を詰めていく。
すると、突然両頬を手で挟まれた。
「好き」
真正面に顔を向けさせられ、目を逸らすことができない。
……さすがに恥ずかしいな。これ。
あと、この人一切瞬きしないけど。どうなってんの。
「好き」
目を見開いて、まるで歯科検診でもしてるのかってくらい、顔をジーッと見つめてくる。
「好き」
だが、反応したら負けだ。
俺は帰ろうとして、体を動かすことを試みるが。
手の力が強すぎて、身動きが取れなかった。
「好き」
相変わらず、目は見開かれたまま。
俺が知らないだけで、新しい拷問方法が、世界で生み出されたのだろうか。
「好き」
……ちょっと、待ってみよう。
恥ずかしいけど、何か発言したら、負けな気がする。
「好き」
さっきまで、この後どこ行く? なんて、ウキウキで会話していたクラスメイトたちが、鳥山さんの様子に気が付いて、そそくさと教室を出て行ってしまった。
ついでに、助けとか呼んでくれると、ありがたいんですけど。どうやらそれは期待できないみたいですね。
「好き」
最初の二回くらいは数えていたけど、途中から怖くなって、やめてしまった。
〇回も「好き」なんて言って、どういうつもり?
って、ツッコむ用意をしてたんだけどな……。
「好き」
……俺は多分、結構顔が赤くなってる。
それは、鳥山さんが、そこそこ強い力で、頬を両手で挟んでいるから……。
という理由もあるけど。
シンプルに、すごく恥ずかしい。
一応、鳥山さんは美少女だから。
至近距離で、目を見つめられながら、好きと言われると……。
……うん。結構なダメージ。
「好き」
「好き」
「好き」
ちょっと黙ってみたが、一切やめてくれそうもない。
「好き」
割と恥ずかしくて、ドキドキしていたけど……。
そのドキドキが、段々と、恐怖的な意味のドキドキへと変わっていた。
「好き」
制作予算の低いホラー映画みたいな感じになってる。
放課後の教室。
クラスメイトの女子に、頬を両手で挟まれ。
「好き」
目を見開きながら、至近距離で、好きと言われ続ける。
「好き」
いつもなら、言葉を変えたり、耳元で囁いたり、バリエーションで勝負してくる鳥山さんなのに。
「好き」
今日は、とにかくこの体制から、変化がない。
「好き」
そして――。
「好き」
十五分が経過した。
「好き」
運動場では、野球部が掛け声を出しながら、ランニングを始めている。
「好き」
早く帰りたい。
「好き」
だけど、ここまで粘ったのに……。
なんか、こちらから負けを認めるのも、悔しい気がして。
「好き」
よくよく考えれば、恥ずかしいか、怖いか。
その程度の話だ。
いつもみたいに、ここから身の危険を感じる行動に、移る様子も無い。
「好き」
だったら、耐えられるだけ、耐えてみせよう。
「好き」
――三十分経過。
「好き」
まだまだ外は明るい。
「好き」
時間の進みが、いつもより遅い気がする。
「好き」
好き。という単語が、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
「好き」
そう言えば、うちの学校は、十八時で、教室の施錠をすると、聞いたことがある。
「好き」
まだ、だいぶ時間があるけど……。
「好き」
さすがに、そうなったら、解放してくれるはずだ。
「好き」
そして。
――耐えること、一時間半。
「あれ? 二人とも、まだいたの? 施錠するから、帰宅してくれる?」
虎杖先生が、施錠をしにやってきた。
「好き」
「あの、二人とも?」
俺は、手を動かして、必死で助けを求める。
「好き」
「あ~……。なるほど」
虎杖先生が……。
……鍵を閉めた。
……???
「好き」
まさか、俺が手を振ったから、あっちに行ってほしいって意味だと、勘違いをしたのか?
「好き」
虎杖先生が……。
こちらに向けて、グーサインを出した。
「好き」
……あなたの勘違いで、一人の男子生徒の心が、崩壊しましたよ。
「好き」
うちの学校の教室は、少し特殊な作りになっていて。
「好き」
内側から、鍵を開けるためにも、鍵が必要になる。
「好き」
つまり、一度鍵を閉められてしまえば。
「好き」
出ることは、不可能。
「好き」
さて。
帰宅できないことが、確定しましたけど。
「好き」
鳥山さんが、この状況を、認識していないはずがない。
「好き」
あるいは……。
そうだな。見張りの人とか、いるのかな。
「好き」
だとしても、夜遅くになりそうだ。
「好き」
ついに十九時になり。
「好き」
運動場からすら、声が聞こえなくなって。
「好き」
夏と言えども、そろそろ暗くなるころだ。
「好き」
……気が狂いそうなんですけど。
「好き」
絶対こういう尋問術みたいなの、世の中に存在してるって。
「好き」
ついに。
「好き」
時計の針が、八を差した。
「好き」
その時。
「好き」
ようやく、鳥山さんに異変が起こる。
「好き」
俺の頬を挟んでいる手が、震えているのだ。
「好き」
いや、手だけじゃない。
「好き」
特に、下半身を中心として。
「好き」
まるで、何かに耐えるかのような、震えを起こしている。
「好き」
表情が、険しくなってきた。
「好……き」
まさか……。
「好……ふぅ……、き」
――おしっこを、我慢してる?
「すうううううううきいいいいいいい」
段々と、呼吸が荒くなっていった。
「はぁ、はぁす、はぁ、はぁはぁ。き」
だが、ここまで来て、俺も負けるわけにはいかない。
「すすすっすうっすすすううううすすすすきっきっき」
限界を迎えようとしている鳥山さん。
「すああ……っきいいい」
唇を噛みしめ、苦しそうな表情。
「すぅ……。ひううううう」
なぜ、こうまでして、諦めないのか。
「すうううううううううう!!!」
何が彼女を、ここまで本気にさせたのか。
「すっすsっすs!!!!すすっすう!!!」
そして、ついに……。
「……」
じょぼじょぼと。
「……」
床に、勢いよく、水が跳ねる音がした。
「……」
これでようやく、帰宅できる。
「……す」
……え?
「……好き」
嘘だろ?
「好き」
まさか。
「好き」
二週目……?
「好き」
絶望した俺は。
「好き」
そこで、意識を失った。
「好き」
ほのかに香る、アンモニア臭。
「好き」
念仏のように、耳元から離れない。好きという単語。
「好き」
本当にあった。怖い話……。
☆ ☆ ☆
「っていうのを考えたのよ。どう? 背筋がゾクゾクしたでしょう?」
「色んな意味でね」
文化祭の出し物を計画する会で。
鳥山さんが、怪談話の館を提案した。
ただ……。この内容だと、却下だな。
「まだまだあるのよ? ずっと俺のターン愛してるゲームとか」
「オチ同じでしょ?」
「大も漏らすのよ」
「最低だね……」
今日も鳥山さんは、元気に女子高生らしからぬ発言を続けています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます