第67話 早く踏みつけてちょうだいよ。昨日から楽しみにしていたの。
「おはよう魚谷くん」
うちの学校は、昇降口に、上履きを入れる小さなロッカーがある。
その横に……。いわゆる、掃除道具とかを入れる、一般的なロッカーが設置されており。
鳥山さんが、中に入っていた。
「おはよう」
絶対面倒ごとに巻き込まれると思ったので、スルーしようと思ったが。
案の定、捕まえられてしまった。
「待ちなさいよ魚谷くん。美少女インザロッカーよ? どうして見なかったふりをするの?」
「恐怖を感じたからだよ」
どうせ、ロッカーの中に引きずり込んで……。
あれやこれや、しようと企んでいるに違いない。
「恐怖? なんでよ。こんなに可愛くて美しくて美人の美少女なのに」
「めちゃくちゃ意味が重複してるけど」
「甘いわね魚谷くん。言葉にも掛け算ってあるのよ」
「ロッカーに入りながら、哲学的なこと言うのやめてもらえる? あと、そろそろ手を離してもらえるかな」
「死んでも離さないわ。死後硬直で固まるまで、掴み続けてあげるんだから」
「それ、死んだあとも動いてるけど大丈夫?」
やっぱりこの人、人間じゃないでしょ。
「今日はね。ロッカーの中に、一緒に入るっていうシチュエーションをやりたいと思っているのよ」
「……そんな気はしたよ」
「私にしてはベタなシチュエーションだと思うわ。でもね? これって最近では、ちょっとしたエッチなコンテンツで、使用されるケースも多くて……。青少年の健全なる学校生活を応援する私としては、そのまんま、あなたを引きずり込むわけにもいかないのよね」
青少年の健全なる学校生活を応援する……?
一体、どの口が言うのだろうか。呆れてしまう。
「今、魚谷くんの考えていることを、当ててあげましょうか?」
「うん」
「ちっ! なんだよ~! 鳥山さんのでっかい胸に、顔を埋められると思ったのに~! でしょ」
「そんな中学生みたいな思考で生きてないよ」
「そうよね。魚谷くん、お尻派だもの」
「勝手にマイノリティにぶち込むのやめてくれる?」
「いいから! ね? 早くロッカーに入りなさい!」
鳥山さんが、俺を引きずり込もうとしてくる。
青少年の健全なる学校生活を応援するって話は、どこに行ったんだよ。
「あなたもしかして、ロッカーに横並びになって、狭いなぁ~! お互いの肌と肌が触れ合っちゃうなぁ~! 顔が接近して、口づけの距離感になってしまうなぁ~! みたいな展開を、想像してるんじゃない?」
「……まぁ、そうなるのかなとは。はい」
「全然違うわよ。私が下」
「下?」
「私の上に、魚谷くんが乗るのよ」
「……なんで?」
「だって、大好きな人に踏まれたいじゃない。そんなにおかしなこと言ってる?」
「言ってるよ」
キョトンとしながら、強い力で、俺を引っ張り続けている鳥山さん。
性癖が、新たなステージに突入したらしい。
「魚谷くんの重さを感じたいのよ。ぎゅーって。潰されたいっていうか……。わかるじゃない。ね?」
「マジでわからないよ」
「まぁなんでもいいのよ。あなた乗るだけなんだから! 別に渋ることないじゃない!」
「百歩譲って、上に乗るのは良いとして、ロッカーの中でやる必要ある?」
「あ、あなた! 私が踏まれている姿を、人前で披露したいって言うの!? それこそ性癖じゃない!」
そこの羞恥心はあるのか……。
「でも、良いかもしれないわねそれ。ナイスアイデアよ。じゃあ」
鳥山さんが、ロッカーから出て……。
俺の目の前で、四つん這いになった。
「いつでもいいわよ」
「乗らないって」
「……もしかして、高所恐怖症なのかしら」
「いや」
「大丈夫よ魚谷くん。もし、バランスを崩して、倒れそうになったら、私が支えてあげるから」
「そういう問題じゃないよ」
「夫を支えるのは、妻としての務めよ!!!!」
どうして四つん這いのまま、こんなに熱くなれるんだろう。
多くの生徒が、鳥山さんを目にした後、何かを察したような顔になって、見なかったフリをする。
昇降口で、四つん這いになってるJK……。
色々アウトでしょ。
「鳥山さん。それ以上その体制でいると、偉い人から怒られそうだから、一回立ってくれない?」
「待って? 高所恐怖症なら、私がうつぶせになればいいわよね?」
「話聞いてる?」
鳥山さんが、うつぶせになった。
「これで文句ないでしょう? ね? 早く踏みつけてちょうだいよ。昨日から楽しみにしていたの」
「めちゃくちゃ変態じゃん……」
「こんな変態にしたのは誰よ!!! もう、某大手通販サイトで、鞭を購入してあるから、それまでに、魚谷くんをSに仕上げないと……」
「冷静に考えてほしいんだけどさ。男子高校生が、女子高校生を踏むって、なに?」
「常識に囚われすぎなのよ。私は今、地球と同化しているわ。マグマの鼓動を感じるもの。さぁ……。大地だと思って、踏みつけなさい!」
靴を履き替え、鳥山さんを放置し、俺は教室に向かった。
すぐに、鳥山さんが後ろから追いかけてくる。
……うつ伏せからスタートしたもんだから、ビーチフラッグスみたいになってしまった。
「どうしてよ! あなた、隠れ鳥山シタンなの!?」
「違いますよ……」
「だったら早く踏みつけなさい! あ~もう! ほら!」
鳥山さんが、目の前でうつぶせになった。
……無限ループか?
「……何してるの?」
ちょうど、廊下を通りがかった虎杖先生が、心配そうな目をしている。
当たり前だ。
教え子が、廊下でうつぶせになりながら、踏みつけなさい! って言ってるんだから。
「もう、虎杖先生に踏んでもらったら?」
「重いから嫌よ」
「あれ? なんで私、傷つけられたの?」
良いオチがついたところで、奇跡的に解散になった。
ありがとう。虎杖先生。
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