第66話 魚谷くん食べたいっ! 魚谷くんは主食っ!

「……なにしてんの?」

「見てわからないのかしら。筋トレよ」

「いや、それはわかるよ?」


 右。

 左。


 ダンベルを使って、二頭筋を鍛えている鳥山さん。


 ただ……。

 俺の体操服を、着ちゃってるんだよなぁ。


 今日は、三限に体育があった。

 そして今は、昼休み。


 まさか、トイレに行っている隙に、体操服を着られるだなんて嫌がらせを受けるとは……。


「あの、やめてもらっていい?」

「三十八……。三十九……」

「やりすぎだって」

「両腕合わせて二千回よ。終わるまで帰らないわ」

「死ぬよ?」

「生き返るわよ」


 返しが強すぎるでしょ。


「一応訊くよ。なんで俺の体操服を着て、筋トレしてるのかな」

「魚谷くん。異性のおっぱいを見ると、興奮するわよね?」

「何そのイカれた質問」

「答えなさい」

「……しますけど」

「その時、魚谷くんのエッチな体の中では、男性ホルモンの活動が、活発になっているのよ」


 エッチな。って付ける意味あったのかな。

 まぁいいや。


「それで?」

「つまり、異性のそういう部分を見ると、手軽に興奮できるのよ。私は魚谷くんの全てが好きで……。って、何言わせるのよ!」

「……」

「全てが好きなのだけど、中でも……。匂いが大好きでね」

「はぁ」

「今日は、シャトルランだったらしいじゃない……。濃い匂いがするわよ……?」


 とてもじゃないが、今をときめく女子高生の発言とは思えなかった。


「精神的な苦痛がすごいんだけど」

「うるさいわね。私の肉体的な苦痛と比べれば、大したことないわよ」

「精神と肉体を比べるの、やめてもらっていい?」

「なんなら……。筋トレって、精神的にもきついのよ!?」

「やめたら良いじゃん……。なんで筋トレなんかしてんのさ」


 すでに、人間を越えた運動能力を持っているくせに。

 すると、鳥山さんは、手を止め……。答えた。


「魚谷くんを、守るためよ」


 ドヤ顔だ。

 それはもう、見事な……。


 この顔のまま、SNSのアイコンにしたいくらい。


「ただね。一つ、欠点があるのよ」


 プロテインを飲みながら、鳥山さんは言う。


「せっかくの魚谷くんの匂いに、私の汗の匂いが混じってしまうのよね……。くんくん。あぁもうっ。だんだん私の匂いに変わってきているわ。これじゃあ二千回なんて、とても無理。困ったわね……。……そんな時!」


 鳥山さんが、いきなり体操服を脱ぎ始めた。

 キャミソール状態で、俺にその、脱いだばかりの体操服を渡してくる。


「な、なに……?」

「今から、魚谷くんがこれを着て、一緒に筋トレすればいいのよ! そしたら、汗をかくでしょう? 汗が十分染み込んだら……。今度は私が着る! これで二人揃って、マッチョ間違いなしだわ! ライ○ップみたいなもんよ!」


 もう、鳥山さんに絡まれ出して、そこそこ日が経つけど……。

 全く慣れないな。このクレイジー具合には。


 クレーマー女子じゃなくて、クレイジー女子って名乗った方がいいのでは?


「さぁ! 早く着なさい!」

「絶対嫌だ……。びっしょびしょじゃん」

「水も滴る良い男よ!」

「そんな言い方で解決できる問題じゃないから」

「ああぁああああもう!!! なんで言うことが聞けないのよ! このわがままイケメン! 好き!」


 諦めたのか、鳥山さんは、再び俺の体操服を着た。


「回数を減らすことにするわ……。あ~あ。誰かさんのせいで、向上することができなかった。向上することがね!」


 急に意識高い系の人みたいなこと言い出すの、やめてほしいんだけど……。


「六十七、六十八……」


 なんで俺は、自分の体操服を着ながら、筋トレをしている人の横で……。昼ご飯を食べないといけないんだろう。


 不満を感じつつ、弁当箱を開ける。


「七十五、七十六……」

「鳥山さん。回数呟くのやめてくれない?」

「わかったわ」

「うん」

「……魚谷くんが好きっ。魚谷くんが好きっ」

「ちょっと待った」

「何よ……」


 うんざりした表情で、鳥山さんが俺を睨みつけてきた。


「何か呟かないと、できないの?」

「そりゃそうでしょうよ。さてはあなた、筋トレしたことないわね?」

「あるけど……。ちょっと息が漏れるくらいでしょ」

「私はね。一回一回のレップに、魂を込めてるのよ。あなたみたいな素人には、わからないでしょうけどね」

「にしてもさ……。隣でぼそぼそ呟かれると、あんまりいい気分しないし」

「じゃあ、目の前でやってあげるわ」

「は?」


 鳥山さんが……。

 俺の席の前に立った。


 そして、筋トレを再開する。

 俺を見降ろしながら……。


「八十一、八十二」


 威圧感たっぷりに、ダンベルを上げ下げする。


 ……何この罰ゲーム。


「やめてください。本当に」

「私に逆らうということが、何を意味するか、わかってきたんじゃないかしら」

「わかったから。隣でやって。お願い」

「やったわ! 魚谷くんの隣で、筋トレをする許可を得たわよ!」


 許可得る前からやってたでしょうが……。


「魚谷くん好きっ! 魚谷くん食べたいっ! 魚谷くんは主食っ! 魚谷くんは飲み物っ!」


 なんかペース上がってるな……。


「魚谷くんペロペロっ! 魚谷くんジュルジュルっ! 魚谷くんニョロニョロっ!」


 ニョロニョロ……?


「いやぁ~たまんないわね! これは筋肉つくわ! DVD出そうかしら! 世の主婦にバカ売れ間違いなしよ!」

「ははは」

「でも、今の時代だと、某動画投稿サイトの方がいいかもしれないわね……。魚谷くんはどう思う?」

「どっちでもいいよ」

「わかったわ。出演OKってことで」

「質問すり替えるのやめてくれない?」


 結局鳥山さんは、五限が始まっても、ずっと筋トレを続けた。


 ☆ ☆ ☆


【後日】


「ふっ……。ふっ……」


 職員室に、国語の課題を提出しに行ったところ。

 虎杖先生が、妙な筋トレをしていた。

 ……変なDVDを見ながら。


「あ、魚谷くん……。あはは。かっこ悪いところ、見られちゃった」

「なにしてるんですか……」

「これね? 今流行りの、覆面筋トレ女子の、トレーニングDVDなの。すっごく痩せるって、評判なんだよ?」

「……その人、異性の匂いを嗅げとか、言ってませんでした?」

「言ってたね……。あ、魚谷くん。ちょうどいいところに」

「痩せたいなら、つべこべ言わずに走った方がいいですし、それができないならどうせリバウンドするだけですよ?」

「えっ? なんでそんな酷いこと言うの?」


 俺は、課題を置いて、職員室を後にした。

 ……こんなんだから、ダイエット商法は、何年経っても消えないんだろうなぁ。

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