第65話 小人になって、魚谷くんの腹斜筋を滑りたい。

「えっ……?」


 教室に入ると、いつものように、俺の机の上に誰か座っていたので、どうせ鳥山さんだろうなって思ったら……。


「あら。おはよう魚谷くん」


 虎杖先生だった。


「今日もめちゃくちゃかっこいい……わね! かっこよすぎて鼻血がブーよ! どうしてくれちゃうのかしらぁ!」


 口調は、なんとなく鳥山さんっぽい。

 ……また、何か妙なことをやらされてるな?


「おはよ~魚谷くん」


 後ろから、鳥山さんの声が聞こえた。

 振り返ると……。


 いつもより、ちょっと穏やかな雰囲気の鳥山さんが。


「実はね~? 私たち、入れ替わっちゃったみたいなの~」

「そうなのよ! これも魚谷くんのせいねっ!」


 令和のボケとは思えない。

 あと、虎杖先生の見た目で、鳥山さんの話し方を真似ると、まぁまぁきついからやめてほしいな。


「鳥山さん。どうしてこんなことを?」

「私は虎杖先生だよ~」

「自分のこと、先生ってつけないでしょ」

「ちょっと魚谷くぅ~ん! いつまでとりや……。えっと、虎杖先生に見惚れてるの! かしらっ! ぷんっ!」


 どことなく、昭和感があるんだけど。

 あれ? 虎杖先生って、ギリギリ平成生まれだよな……。なんでだ?


「魚谷く~ん。私たちが元に戻る方法が、一つだけあって~」


 虎杖先生、そんなアホみたいな喋り方してなかったでしょ。

 鳥山さんの悪意ある物まねに、虎杖先生が、顔を引きつらせている。


「なに?」

「私と魚谷くんが、キスをするの!」

「いや、意味わかんないでしょ。どうして鳥山さんと、虎杖先生の体が入れ替わってるのに、俺がそこに関係するの」

「うるさいわよ~! とっととキスしちゃえ~!」

「虎杖先生……。こういうの、ちゃんと断った方がいいですよ?」

「魚谷くんのこと、大好きで~す!」


 下手だなぁ……。


「ほら~魚谷くん! 虎杖先生も、あぁやって……。あ~違う。ん? あれ? あ~。えっと、そう。鳥山さんも、ああ言ってるわけだから、さっさと私にキスしなさい?」

「もうキャラ崩壊してるじゃん」

「あ~~~!!!! もう!」


 鳥山さんの表情が、いつもどおりになった。


「やっと諦めてくれた?」

「もう! 虎杖先生が下手すぎて、お話にならないのよ!」

「鳥山さんも……。結構酷かったよ?」

「私ならもっと……。小人になって、魚谷くんの腹斜筋を滑りたいとか、そういう発言をするでしょうが!」


 虎杖先生が、ドン引きしている。

 俺以上に引いてるな……。


「なに!? その表情は! 魚谷くんも、ぼーっと突っ立てる暇があったら、私に腹斜筋を見せなさい! 腹斜筋を!」

「ボディビルダーじゃないからさ……」

「どうしてキスくらい、すっとできないのかしらね……。理解に苦しむわ」


 鳥山さんが、ため息をついた。


「魚谷くん。ごめんね? 鳥山さんのキャラって、難しくて……」

「虎杖先生、あんなに演技が上手だったのに……。できないこともあるんですね」

「規格外の子はね……。普通の生徒の真似だったら、できるんだけど。例えば、魚谷くんの真似もできるかも」

「……はんっ」


 虎杖先生の発言を聞いて、鳥山さんが鼻で笑った。


「虎杖先生? 考えが甘すぎるわよ。魚谷くんみたいな完璧美少年の真似なんて――」

「……鳥山さん?」

「……えっ」

「鳥山さん。いつまで続けるのこれ」

「……魚谷くん?」


 おいおいおい。

 俺じゃん……。


 声の低さこそ、性別の問題があって、完全再現とはいかないが。


 なんだろう。

 雰囲気が、俺だった。


 鳥山さんが、目をキラキラさせながら、虎杖先生に近づいていく。


「う、魚谷くん。好きって言って?」

「なんで……。こんな人がたくさんいるところで」

「言って! お願い!」

「仕方ないな……。好きだよ。鳥山さん」

「あぴょぉおおおおお!!!!」


 鳥山さんが、鼻と口から血を吐いた。

 その血が、思いっきり虎杖先生にかかってしまった。


「だ、大丈夫!? 鳥山さん!」

「……へへっ。しゃいこ~」

「白目向いてる……」

「……虎杖先生。そろそろ授業始まりますよ」

「あっ、うん……。でも」

「大丈夫ですって。バケモンですから。あと三秒くらいで復活しますよ」

「そうなの……?」


 虎杖先生が、顔についた血を、タオルで拭いていたところ。

 鳥山さんが、ムクリと起き上がった。


「虎杖先生。これはもう、ジェネリック医薬品よ」

「うん……?」

「目を閉じれば……。そこに、魚谷くん」


 CMのキャッチコピーみたいなこと言い出したんだけど。


「鳥山さん、結婚しよう。って、言ってもらってもいいかしら」

「あの、もう授業……」

「さっき言ってた報酬、三倍にするわよ?」

「鳥山さん。結婚しよう」

「……いいぃいいい。じゃあ、目を閉じます。危ないから、支えてね?」


 虎杖先生が、鳥山さんを支えた。


「ちょっと……。あの、これは、さすがの私でも、復帰できるかどうか怪しいのだけど……。言ってもらいたいセリフがあって」

「なに?」

「……蘭華の夫になれて、幸せだった。これ」


 俺、死んでない?


「わかった。言うね?」


 報酬が三倍になると聞いた虎杖先生、ノリノリである。

 鳥山さんを、優しく抱きしめながら……。


「……蘭華の夫になれて、幸せだった」


 耳元で、そう呟いた。


 すると……。


 耳から、大量の血が吹き出し始めた。


 どんな体の構造してるんだよ。


「た、大変! 魚谷くん! 鳥山さんが息してない!」

「あぁ、大丈夫ですよ。あの、チャイム鳴ったんで。授業始めましょう?」

「ドライすぎない!?」


 結局、鳥山さんは、一分後に復活したが。

 一日中、どこか上の空だった。


 ……ジェネリック医薬品か。


 使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使い下さい。


 って、感じかな……。

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