第64話 うほぉ。たまらん角度ね。

「……」


 鳥山さんが、俺の机の上に座って、本を読んでいる。


 その行儀の悪さは置いといて、珍しく思いつめたような表情をしているので、話しかけざるを得なかった。


「鳥山さん。なんかあったの?」

「おはよう魚谷くん。……今日は私、何も用意できなかったわ。ごめんね?」

「あぁ……。全然。はい」


 無いなら無い方が、絶対に良いからな。

 ……何もない日ですら、人の机の上に座るっていうのも、色々人間性を疑うところはあるんですけど。


 百億回言うけど、委員長だからな。この人。


「ちょっと、課題をやりたいから、退いてくれる?」

「わかったわ」


 席に座ったところ、鳥山さんが……。

 机の下に隠れた。


 避難訓練かな?


「うほぉ。たまらん角度ね」


 女子の感性とは思えない。


 そうか。

 いつものシチュエーションが無いと、シンプルに変態行動が増えるのか。


 机の下に鳥山さんがいるせいで、机との距離が離れてしまい、課題をやることは叶わない。


 仕方なく……。鳥山さんと話すことにした。


「体調が悪かったとか、そういう理由?」

「違うのよ。これを見てちょうだい」


 鳥山さんが、読んでいる本のカバーを見せてきた。


『ドキドキ! ポンコツOLお姉さんのヒモになりました!』


 ……こういうラノベ、読むんだな。


「今日はね、実は、このキャラクターをやろうと思ったのよ」

「なるほど」

「ただね……。私にはどうも、ポンコツっていうキャラクターができなくて」

「ほぉ」

「ムカついてくるのよ。こんなに可愛くて、仕事ができる女性が、男のエゴを押し付けるために、ポンコツなんていう属性を植え付けられているのがね。わかる? 魚谷くん」


 なんか、インターネットのめんどくさい人みたいなことを言い出したんですけど。


「いや、言っちゃ悪いけど……。鳥山さん、ポンコツだよ?」

「はぁ!? マジありえねーし!」

「ギャルみたいになってるけど」

「あ~わかったわ。魚谷くん、私のこと好きなのに、いつもいつも私にタジタジにされて、イライラして、そんなこと言っちゃってるのよね。素直になりなさいよ!」


 俺の膝を擦りながら、鳥山さんが言う。

 その妖怪っぽさに、若干怯えつつも……。


「だってさ……。その、いつも色々考えてやってるけど、だいたい失敗してるじゃん」

「失敗じゃないわ。成功しなかっただけよ」

「エジソン?」

「あーもう! なんかムカついてきたわね! いいわ、やってあげるポンコツ女子!」


 結局やるのか……。


「おはよう魚谷くん」

「おはよう」

「あ~! こけちゃった!」

「えっ」


 鳥山さんが、いきなり体重をかけてきた。

 抱き着くとかじゃなくて、まさに、のしかかり。


 椅子ごと倒れそうになるくらい、こっちに体を預けている。


 当然、色々な部分が、触れ合うことになってしまいまして……。


「ちょ、ちょっと鳥山さん」


 普段の、やたらめったら変態行動をされるシチュエーションよりも、これの方がよっぽど……。危ないというか。


 負けそうな予感すらあった。


「ごめんね魚谷くん! ポンコツだから、足が攣っちゃったみたいなの! 動けないわ! もうずっとこのままね! 喜びなさい!」


 鳥山さんの顔が、目の前にある。

 ……大声で喋るもんだから、唾がめちゃくちゃ飛んでくる。


「……はぁ」


 鳥山さんの柔らかさに、色々マズい状態になっていたところ。

 どうしたのだろうか。鳥山さんの方から、離れて行った。


「違うのよ。やっぱり。ありえないもの。この完璧である私が、うっかりこけちゃうなんて」

「……そうですか」


 なんなら、今までのどんなシチュエーションより、シンプルなパワーで圧倒されそうになっていたけど。


 ……そういうのに気が付かないあたり、ポンコツなんじゃなかろうか。


「男って、天然な女の子好きだものね。あんなの全部計算よ? それか、行き過ぎたあんぽんたん。リアルであんな子いたら、親が泣くわ」

「こらこら」


 唐突に多方に喧嘩を売るのはやめてください。

 関係者各位。これは彼女の個人的な感想なので、気にしなくて大丈夫です。


「あとはね。この本を読んでいると……。料理が作れない。とかね。それってポンコツじゃなくて、ただの勉強不足だし。それから朝起きられない? これって完璧な女性という設定と矛盾するわよね? 今まで遅刻とかどうしてたのかしら。あ~なんかムカついてきたわ。魚谷くん、ちょっと制服を脱いでくれる?」

「なんで」

「匂い嗅ぐから」

「嫌だよ……」

「隙あり!」

「……えっ」


 どんな早技を使ったのか。


 気が付くと、俺の制服が、鳥山さんの手にあった。


「んん……。はぁ~落ち着く! これよこれ!」


 俺の制服を嗅ぎながら、鳥山さんがトリップしている。


「やめてくれないかな……。普通に引くから」

「あなたがこんな良い匂いをまき散らしてるから悪いのよ。私は悪くないわ。あぁ良い匂い。この匂いの香水を販売したら、きっと数兆円は稼げるでしょうね」

「何言ってるの?」

「んはぁ……」


 ポンコツ……とは違うかもしれないけど。


 鳥山さんも、十分現実ではありえないキャラをしてると思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る