第63話 兄さん以下の男と付き合うとか、無理なので。

 休日、瞼を擦りながら、リビングに向かうと……。


「あら。おはよう魚谷くん」


 当たり前みたいな顔して、鳥山さんが座っていた。


「おはよう……」

「ほら。もうすぐ仮面ライダーが始まるわよ」

「仮面ライダーとか見るんだね」

「えぇ。加恋ちゃんと一緒に見ていたら、どうやら私もハマってしまったみたい」


 ……ん?

 加恋は、仮面ライダーなんて、見てたかな。


 最近ハマったのか?


 そんな風に、疑問を感じていたところ。


「パパ~!!!!」


 いきなり、加恋が部屋から出てきて、俺に抱き着いてきた。


 なんか、妙な呼ばれ方をしたような気が……。


「加恋。今、俺のことを、パパって呼んだか?」

「そうですよ! パパ、大好きです!」

「あらあら加恋ちゃん。今日も朝から、パパが大好きなのね。でも、パパはママのものだから、あげませ~ん」

「えぇ~!? ズルいですよ! パパは私のことが好きなんです! ねぇ~? パパ!」


 ……パラレルワールドにでも、迷い込んだのか?


 いや、また日記を見せてもらう代わりに、変な条件を飲まされたんだろう。


「ほら加恋ちゃん。朝ごはんできてるわよ。パパとママと一緒に食べましょう? 加恋ちゃんの大好きな、仮面ライダーも始まってるわ」

「わ~い! 仮面ライダーだぁ~!」

「あの」

「ほら。魚谷くんも何してるのよ。早く座りなさい」

「俺、部屋に戻るよ……」

「なんですって!? 休日の朝。愛する家族と一緒に、平和なひと時を過ごしたいとは思わないの!? もしかして、他の女ができたのかしら! あぁ、同僚の猫居さん!? それとも、女上司で独身売れ残りBBAの虎杖さん!? 白状しなさい!」


 鳥山さんが、俺の胸倉を掴んできた。

 夫婦のパワーバランス、どうなってんだよ。


「パパ、ママ。喧嘩しないでください。私はパパを信じますよ。浮気なんて、する人じゃありません」


 何歳の設定なんだよこの子。

 発言がしっかりしすぎてる。


 あと、親に対して敬語なのは……。加恋の性格上仕方ないけど。


 やるにしても、もう少し設定を練ってからにしてほしかった。


「……はい。カットカット。カットボールよ」


 鳥山さんが、パンパンと手を叩いた。


「ダメじゃない加恋ちゃん。お父さんが責められてるときは、お母さんの攻撃に、加勢してあげないと」

「いえ……。うちの家庭は、比較的冷静に会話が進められることが多いので……。例えば、お父さんがキャバクラに」

「加恋? 何を言おうとしてるんだ?」

「ごめんなさい」


 俺たちの父さんが、酔っぱらって上司とキャバクラに行ってしまって、そこで結婚指輪を落とした時の話は、黒歴史すぎるから、人前では話してほしくない。


 ……あの時は怖かった。

 ひたすら理屈で責め立てる母さんと、それにただ頭を下げるしかない父さん。


「色々事情があるのね。でも安心して魚谷くん。私はもし、魚谷くんが浮気しても、痛みを感じない殺し方を用意してるから」

「怖いって」

「あるいは、私の部屋に監禁して……」


 鳥山さんの目のハイライトが、完全に消えてしまった。

 ……そんな人と結婚するわけないじゃん。


「それにしても、うまくいかないわね……。家族の形って、どうあるべきなのかしら」

「そんな壮大なテーマだった?」

「猫居さんの家がすぐ近くにあるし、行ってみましょうよ。どうせ普通の庶民的生活してるでしょう? あの子」


 それを金持ちの鳥山さんが言うと、めちゃくちゃ嫌味っぽいけど……。


「猫居は確か、家族と旅行するって言ってたから、多分今いないよ」

「使えないわね……。魚谷くんのせいよ」

「なんで」

「なんでも!」


 怒りながら、鳥山さんは白飯を掻きこみ始めた。


 俺も……。食べるか。


「待ってください」


 席に座ろうとしたところ、加恋に呼び止められた。


「どうした?」


 なにやら、顔が赤い。

 熱でもあるのか……?


 そう思っていたら。

 いきなり、正面から抱き着いてきた。


「ぶふーーっ!!!!」


 それを見た鳥山さんが、さっき掻き込んだ白飯を、盛大に吹き出した。

 勢いが強かったので……。

 加恋の背中に、びっしょりとついてしまった。


 しかし、加恋はそれを気にすることも無く、俺の胸に、顔を埋めたままでいる。


「どうしたんだよ……」

「……兄さんに抱き着くのが、久しぶりで」

「そうだっけ」

「お互い大きくなってからは、そういうこともなくなったので」

「そりゃそうだな」

「さっき、抱き着いた感触で、一気に……。懐かしさみたいなものを、感じてしまったんです」


 いや……。


 めちゃくちゃ照れるんですけど。なにそれ。


「いいいいい……。見る麻薬じゃない。なにこれ」


 鳥山さんが、涎をダラダラと垂らしながら、こちらを凝視している。

 見てないでいいから、白飯を片付けてくれないかな。


「兄妹の……。愛。これなのよこれ。結局これ。これすぎるわね」


 語彙力がお亡くなりになってますが。


「魚谷くんなにしてるの! 抱きしめ返しなさいよ!」

「えっ……」


 だって……。

 背中に、白飯が……。


 しかし、それに気が付いているのは、どうやら俺だけらしい。

 鳥山さんは、完全にトリップ状態だし。


 加恋も加恋で、なんか目の焦点が定まってないし。


「……兄さん?」


 加恋が、俺を見上げてきた。


 ……仕方ない。


 俺は、加恋の頭を、優しく抱き寄せた。


「……あったかい」


 なんだそのセリフ。


「どうしよう魚谷くん。尊すぎて、ゲボ吐いちゃいそうだわ」

「トイレに行ってきてください」

「ダメよ! この光景を目に焼き付けおっっっぷ」

「限界じゃん早くトイレ行ってよ」

「くぅうううう」


 鳥山さんが、口を押えながら、トイレに向かった。


「加恋……。もういいか?」

「嫌です」

「なぁ……」

「最近、甘やかしてくれなかった分……。飢えているんですよ」

「アレだな。早く彼氏を作るといいよ」

「兄さん以下の男と付き合うとか、無理なので」

「……」


 世の男性。


 頼むから、もう少し頑張ってください。

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