第62話 服が溶けるドロドロの液体をぶちまけてあげる!

「写真部に入れば、魚谷くんの写真を無限に撮影することができるという事実に、今まで気が付かなかったことを反省しなければいけないわ。でもね、それは、加恋ちゃんに盗撮してもらった、魚谷くんの上裸の写真を見たり、部屋着のまま濡れた髪を乾かしている写真を見たりして、そういう欲望が満たされていたせいなのよね。しっかりと日常を生きている魚谷くんに、もっと目を向けるべきだと、改めて認識したわ」


 うん。

 挨拶くらい、したらどうなんでしょうね。


 昇降口で、靴を履き替えていたところ、いきなり鳥山さんに肩を突かれ……。

 振り返ったら、長文口撃を受けてしまった。


「写真部なんて、あったっけ」

「それがね。あるのよ。ただ……。部員は一人もいない状態で、名前だけが残っているのよね」

「あと、別に写真部に入らなくても良い気がするんだけど」

「一人きりの写真部って、なんかギャルゲーの導入みたいで素敵じゃない」


 なんか変なこと言い出したぞ……。

 ていうか、鳥山さん、ギャルゲーするんだな。


「そしてね? 主人公の魚谷くんは、海岸沿いで一人で写真を撮っている私に、声をかけるの。あなたは言うわ。今時、スマホで写真なんて撮影できるのに、どうしてそんな持ち運びの不便な、本格的なカメラをわざわざ使ってるんだって。そこで私は答えるの……。あんな安物じゃ、真実は写せないわ。写真っていう文字はね? 真実を写すって書くのよ。あなた知らなかったの? な~んて。どう!? 興奮してきたでしょう!?」


 今日はやたら、長文で攻められるな……。


「何でも良いけど……。ポーズとかは、取らないからね?」

「え? 何言ってるのよ魚谷くん。被服室に行くわよ?」


 鳥山さんに腕を掴まれ。

 被服室に、連行された。


「たくさんコスプレしてもらうわ。今日は最高の一日になりそうね」

「質問、いいですか」

「どうぞ」

「日常の俺を撮りたいんじゃなかったの?」


 被服室には、コスプレ用の衣装が、これでもかと用意されている。


「それは後で。もう待ちきれないのよ。あなたに着せたい服が、無限にあるんだから。まずはこれね」


 そう言って、渡されたのは……。


 ――海パンだった。


「鳥山さん。セクハラだよこれ」

「はぁ? そんなこと言ったら、常に私の頭の中に居座り続けている魚谷くんだって、完全にセクハラじゃない」

「よくその理論で立ち向かってきたね」

「いいから脱ぐのよ! 早く! 断るなら強制的に脱がせるわ! あるいは服が溶けるドロドロの液体をぶちまけてあげる!」


 なんだそのエッチなゲームに出てきそうな液体……。

 鳥山さん、ギャルゲーだけじゃなくて、次のステージにも足を踏み入れてる説があるな。


 とはいえ、ドロドロに服が溶ける液体をかけられるのは嫌だったので、俺は別室に移動し、着替えた。


「……素晴らしいわね」


 まじまじと見つめられている。


 ……めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど?


「魚谷くん。綺麗なへそしてるじゃない……。小さくなって、ここに住みたいわね」


 気持ち悪っ。

 ニヤニヤしながら言うの、本当にやめてほしいな。


「じゃあ早速、撮影するわね」


 カシャカシャと、スマホの撮影音が連続して響いた。

 あ、結局スマホで撮るんだ……。あんなに語ってたのに。


「うひゃ~。たまらんばいこれは」

「博多弁が出てますけど」

「すいと~よ!」


 鳥山さんが言うと、なんか怒ってるみたいで、全然可愛くないな。


「さて、海パンの次は……。これね」

「なにそれ……。警察?」

「そうよ。あのねあのね? 私、あなたに逮捕されたくて……」

「十分警察が逮捕してくれるくらい、鳥山さんは罪を犯してるけど」

「うるさいわね。あっ、脱いだ海パンは、ちゃんと私にくれなきゃダメよ? 言い出汁が出るんだから」


 息をするように、犯罪者予備軍みたいな発言が飛び出してくる。


 俺は再び別室に行き、警察の服装に着替えた。


「おほぉ……。これイズベストオブこれね」

「語彙力死んでるけど」

「……」


 無言で、カシャカシャと撮影されている。


「もう、いい?」

「ダメよ。言ってほしいセリフがたくさんあるの。一つ目は、お前のハートを狙い撃ち。俺には銃があるからな。これでお願い」

「何そのセリフ」

「いいから言いなさいよ! 言わないの!? 言えないの!? 言う度胸も無いの!?」


 なんか聞いたことあるフレーズだな……。


「わかったわかった。言うから」

「ちょっと待ちなさい。動画にするわ」

「写真部じゃなかったの?」

「今やめたわ。そもそも私、ほら、名前忘れたけど、部活入ってるじゃない。掛け持ちはNGなのよ」


 魚谷くんと……。なんちゃらを盛り上げよう部だっけ。

 部長が忘れてる以上、俺が覚えてるわけがない。


 そもそも、まだほとんど活動してないし。


「ほら、早く言って」

「いや、でも緊張するからさ。目を閉じててほしいんだよね」

「いいわよ。はい」


 鳥山さんが目を閉じたので。


 俺は静かに退出した。


 しかし、すぐにバレてしまった。


「さすがにバレるわよ」


 呆れた様子の鳥山さん。


「なんだったら、一歩動いた瞬間に気が付いたわ。目を閉じているほうが、むしろ感覚が鋭くなるの」


 さすが、人間ならざるもの。


「じゃあ、なんでちょっと泳がせたのさ」

「だって……」


 鳥山さんは、頬を赤らめ、言った。


「目を閉じろ。なんて言われたから……。キスされるかと思ったのよ」

「……なるほど」


 確かに、恥ずかしいセリフを言ったかもしれない。


「満足だわ。とっても満足。あなたの、目を閉じてくれ……。っていう、あのセリフだけで、今日は白飯十号はいけるわね」

「そんな言い方してないから。やめて恥ずかしい」

「ふふっ。もう発言は撤回できないわよ。蘭華……。目を閉じておくれ……。んちゅっ。ってね! あ~最高! 生きてて良かった!」


 鳥山さんが、スキップしながら、廊下の向こうへと姿を消した。


 ……魚谷愛也、一生の不覚。


 こんなことになるなら、素直に用意されたセリフを言っておけば良かった。


 なんて思った、とある日の一幕でした。

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