第61話 好きだよ。鳥山さん。
「伝説を作りたいわね」
「……はぁ」
「あなたも男の子なら、一度は思ったことあるでしょう?」
「無いよ」
「面白くないわね……」
鳥山さんが、ため息をついた。
まさか、校長先生のお話の最中に話しかけてくるとは思わなかったので、かなりビビっている。
とはいえ、教師陣はすでに、鳥山さんの手に堕ちているので、誰も注意なんてしてこないが……。
「でもちょうどいいわ。それなら魚谷くん。私と一緒に、伝説を作りましょう」
「その……。伝説って、具体的には、どんなことをするわけ?」
「教科書に載るくらいのことはしたいわね」
「高望みしすぎじゃない?」
「将来的な話よ。まずは……。校内の歴史になるくらいのことを、目指していきましょう」
そう言うと、鳥山さんは、いきなり立ち上がった。
いつの間にか、マイクを手に持っている。
「私、魚谷くんのことが好きなのよ!」
……えぇ?
四方に散っていた、生徒の視線が、一気に鳥山さんに集まった。
「鳥山さん。何してんの?」
「黙って聞きなさい」
「はい」
その視線を物ともせず、鳥山さんは続けた。
「それなのに魚谷くんはね? 全然振り向いてくれないの。こないだなんて、気に入ってくれるかなぁと思って、某ブランドの香水をプレゼントしてあげたのに、全然つけないのよ!」
最近歌の歌詞になっちゃってるヤツだったから、つけづらかったんだよ。
「あと、授業中とか、たまに枝毛が抜けるじゃない。それを魚谷くんの机の上に置いてあげるの。その代わり、魚谷くんの新鮮な髪の毛を一本抜くのよね。それはまるで、授業中に手紙を送り合う、付き合いたてのカップルみたいで、美しい行為なのよ。それなのに! 魚谷くん、髪の毛を抜くたびに、嫌な顔するのよね!」
当たり前でしょうが。
いきなり背後から近づいて来て、机に髪を置いたかと思うと、俺の髪を引っこ抜いて帰っていく……。
もうそれは、羅生門だと思う。
気分良いわけがない。
「それからね? たまに魚谷くんの机を、舐めて綺麗にしてあげる時があるんだけど……。決まって、それをした後、彼はアルコール消毒をして、また自分で拭き直すのよ! これってどうなの!? まるで私をばい菌扱いしているようなもんじゃない!」
なんでそれで怒れるの? 本当に。
朝、登校したら、自分の机がテカテカのねちょねちょになってた時の、俺の気持ちを、考えたことがあるのだろうか。
「まだまだあるわ。あれはえっと……。三日前くらいだったかしらね。魚谷くんと一緒に、バーベキューデートをするため、諸々を買いに、ドン・キ○ーテに行ったのよ」
こないだの、土曜日の話だ。
朝の四時に、家に来た鳥山さんが、ドアをバンバンノックしてきて、無理矢理起こされた。
『魚谷くん! バーべキューするわよ! 断ったら、熱々の鉄板の上で、踊らせるんだから!』
なんて、古めの拷問を意識させつつの、連行だったわけだが。
「そしたらなんと! 魚谷くん、あんまり野外で食事するのは好きじゃない! とか言い出すのよ!? ありえないわよね! 私はバーベキューしながらイチャイチャしてるところを、他の客たちに見せつけたいと思っていたのに!」
そんな不純な動機でバーベキューをする人、世界で鳥山さんくらいだろうな。
「仕方ないから、こう提案したわ。食べる時は、テントに入ってしまえば、野外ではなくなるじゃないって。そしたら……。テントなんて、鳥山さんに何されるかわからないから、入りたくない! って言うのよ! おかしいわよね!?」
しーんと静まり返った、体育館。
鳥山さんの意見に同意する人は、一人もいなかった。
誰がこのモンスターと、一緒にテントに入りたいと思うのだろうか。
「……悲しいわ。私。ただ、魚谷くんのことが好きで、好きになってもらいたくて、必死で色々頑張ってるのに。ぴえん」
ぴえんだけは言ってほしくなかった。
今をときめくJKと言えども。
「さぁ魚谷くん。立ちなさい」
……やだなぁ。
俺は渋々、立ち上がった。
すると、黒服が現れて、マイクを手渡してきた。
「魚谷くん。私ね……。あなたのことが好きなのよ」
「……はい」
「その……。子作りを前提に、結婚してくれないかしら」
「一個ズレてるって」
結婚を前提に、お付き合いしてくれませんか? でしょ。
「あの、嫌です。ごめんなさい」
「はぁ!? あなたね! 公開告白を断るなんて、聞いたことないわ! 前代未聞よ! ありえない! あ~!!! ありえない!!」
頭を抱えて暴れ出した鳥山さん。
「……良いんじゃない。伝説になるし」
校長先生の話を遮り。
散々意味不明な報告をした後。
大勢の前で告白をして、フラれる。
十分、歴史に名を残すことができるだろう。
「こ、このままじゃ終われないわ……」
鳥山さんが、ふらつきながら、こちらに向かってくる。
「せめて、せめてね……。耳の垢を舐めさせてほしいわね」
「そういう妖怪いるけどさ」
「妖怪に、何か用かい?」
「鳥山さん。おかしくなってるって。一旦落ち着こう?」
「落ち着いてるわ。それはもう、ダウナー系の薬物を使用した時みたいにね」
「確認だけど、使ったことはないよね?」
「ふふふ」
ふふふじゃなくて。
否定してくれないと困るんですよ。
「覚悟しなさい魚谷くん……。私に、こんな大勢の前で、恥をかかせたことを!」
いきなり、鳥山さんがとびかかってきた。
なんとかギリギリで避けたが、すぐに鳥山さんは、こちらに体を向けてくる。
……えっ。なにこれ。バトルが始まったのか?
「なかなかやるじゃない。出会った時の、のろまな魚谷くんだったら、今の攻撃で仕留め切れていたはずだわ」
嫌な成長だな。
「あなたが一言、好きと言ってくれれば、こんなことにはならなかったのに!」
「いや……」
「全部あなたのせいよ!」
「……じゃあ、嘘でも、好きって言ったら、解放してくれる?」
「……えぇ。それはもちろん」
「……」
俺は、マイクを握り直し、言った。
「好きだよ。鳥山さん」
もちろん、嘘ですけど。
しかし――。どうやら、効果は絶大だったらしく。
「ばじゅじょごあおがおぎあいうあえこっじょががにあじぃあいおあえ」
意味不明な言葉を放った後。
気を失って、倒れてしまった。
そして、体育館中から、謎の拍手。
……あれ?
なんか、勘違いされてない?
大丈夫かな。
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