第60話 魚谷くんのイケボ両耳ASMRを体験している最中だと言うのに!
「ようこそ。我がスタジオへ」
昼休み。
鳥山さんに、放送室へ呼び出された。
スタジオ……なんて、かっこいい言い方してるけど、そこまで設備が整っているわけではない。
「何その恰好」
おしゃれな帽子、おしゃれなサングラス。
「ラジオDJのイメージよ」
「偏見強くない?」
少なくとも、室内でサングラスはかけないんじゃなかろうか。
「さぁ座りなさい魚谷くん。今日は記念すべき、鳥山蘭華の元気ウキウキドキドキradioの、初回放送なのだから。ゲストとして招かれたことを、光栄に思わないとダメなのよ?」
「うん」
「返事が小さいわよ! もっとあなたの美声を聞かせなさい!」
……まだ、昼ご飯食べてないんだよなぁ。
渋々椅子に座ると、机の上に、原稿のようなものが置かれていた。
コーナー名とか、色々気になる部分はあったけど。
「さぁまもなく本番よ!」
どうやらもう始まるらしく、訊くことができなかった。
自分の指で、三、二、一……。と合図を出し……。
「うぇ~い!!! 始まりました! え~っと……」
サングラスかけてるから、原稿が見えないらしい。
さすがにアホすぎない?
諦めたようにサングラスを外し、慌てて続きを読み始める。
「と、鳥山蘭華の、元気ウキウキドキドキradio! ついにめでたく初回放送を向かえることができました! いやぁ~深夜の三十分特番が、二回くらいあったわね。そこからなんと、皆様の応援のおかげで、レギュラー放送に昇格することができました! ありがとうございます!」
確かに、そういうパターンあるけどさ。
あと、鳥山さんの敬語、めちゃくちゃ新鮮かもしれない。
「そして! 今日はスぺシャルゲストをお招きしているわ!」
あ、もう敬語終わり?
「誰もが知るイケメン男子。立てばイケメン、座ればイケメン、歩く姿はガチイケメン! 魚谷愛也くんよ!」
「こんにちは」
原稿の通り、こんにちはと言っておいた。
「よくまぁのこのことやってきたわね」
「のこのこと?」
「リスナーのみんなに紹介するわ。彼は魚谷くん。私の夫よ」
「あの」
「そう、家族なのよ私たちは。家族と言えばこの曲よね。一曲目は、福山○治で、家族になろうよ」
曲が流れ始めた。
「いやぁ~! 緊張するわね!」
「あのさ、曲の間に、色々質問してもいい?」
「質問はメールかファックスにてお寄せください。メールアドレスは」
「違う違う。ラジオDJから戻って来て」
「あらごめんなさい。職業病ね」
「あのさ、次のコーナーのタイトルなんだけど、この、魚谷くんのイケボで心うるうる涙腺プルプルっていうのは……。何をさせるつもりなのかな」
「私が魚谷くんに言ってほしいセリフを用意してきたから、それを読んでもらうコーナーよ」
声優ラジオとかでありそうなヤツだ。
少なくとも、一般の男子高校生がやる企画じゃないと思う。
「例えば、どんなのがあるの?」
「好きだよ蘭華。どうしてそんなに美しいんだ」
「帰る」
俺は放送室から逃げ出した。
どうせ追いかけてくるだろうとか。
黒服が捕まえにくるだろうとか。
色々警戒していたのに、すんなり逃げることができた。
なので、教室に戻り、昼ご飯を食べ始める。
「いやぁ~。魚谷くん。どうだった? 家族になろうよ」
教室のスピーカーから、ラジオが流れている。
『トッテモスバラシイキョクデシタ』
……えっ。
いや、俺、ここにいるんだけど。
何この、俺の声みたいな機械音。
……まさか、
『ランカサン。トッテモスキ。ラジオイッショニデキテウレシイ』
おいおいおいおい。
これ、まずいだろ。
あのコーナーのセリフを、これから魚谷くんロボに言わせるって言うのか?
「実は今日。もう一人ゲストを呼んでいるのよ。入ってきてちょうだい!」
『コンニチハ。ウオタニデス』
「魚谷くん! 二人目よ!」
『コノヨウナスバラシイラジオニオマネキイタダイテ、ホントウニウレシクオモイマス』
そういえば、一号と二号がいたんだっけ。
……このラジオ、サイコすぎない?
「あっはっは! 魚谷くんが二人もゲストに来てくれるなんて、とっても嬉しいわね!」
なんで笑えるんだよ。
「じゃあ早速、次のコーナーね。えっと……」
まだサングラスかけてるなこの人。
『プルプルウオタニクンノイケボデココロウルウルルイセンプルプル。デスヨ』
「そうそう! ありがとう魚谷くん!」
ロボにフォローさせちゃダメでしょ。
「まず一つ目は……。好きだよ蘭華。どうしてそんなに美しいんだ。これ、お願いしてもいいかしら」
『『スキダヨランカ。ドウシテソンナニウツクシインダ』』
「わぁ~~~びゅっ!」
『トリヤマサン。クチカラナニカトビダシタヨ』
「ごめんなさい。涎がね……。ちょっと気持ち良すぎるわこれ。どんどん行きましょう。次のセリフは……。蘭華と一緒に、電気を消した真っ暗な状態で、お風呂に入って、頭皮マッサージをしてあげたい。蘭華の毛穴の一つ一つに、僕の手の感覚が染み渡って、暗闇だから感覚が敏感になっているせいで、ただ髪を洗っているだけなのに、なぜかいけないことをしているような気持ちになりたい。これね。どうぞ」
『『ランカト――』』
聞いていられなくて、俺は放送室に戻った。
「鳥山さん……。昼に流すラジオじゃないよこれ」
「な、なんとここで、臨時ゲスト、三人目の魚谷くんが来てくれました! あぁ~本物はやっぱりがっごいいいい~~!! 今、魚谷くんの声で、イケない気持ちになっているところへ、モノホン魚谷の登場はさすがにやばすぎて草が生えるわ! ちょっと待って? 今ただでさえ、私は二対の魚谷くんロボにそれぞれイヤホンを差すことで、魚谷くんのイケボ両耳ASMRを体験している最中だと言うのに! 三人目が現れたら、私は一体どうしたらいいの!? だって、耳は二つしかないもの! そうだ! 三人目の魚谷くんは、私にキスをすればいいんだわ! これで完璧じゃない! 魚谷くん!! ねぇ魚谷くん!!! 私、この世の真理にたどり――」
俺は放送室を後にした。
よし。早退しよう。
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