第56話 生徒手帳に禁止って書いてないから、魚谷くんにキスしまくってもいいってことになるわ。

「おかしいわね……」


 鳥山さんが、パソコンと睨めっこしている。


 ……俺の席で。

 なんだろう。絶対に俺の席で作業をしないといけないっていう、ルールでもあるのかな。


「あらおはよう魚谷くん。私の膝の上に座るか、私の椅子になるか、選びなさい」

「立ったままでいいよ」

「決断力の無い男ね! 呆れちゃうわ本当に」


 決断力もクソも無いと思うんですけど……。


「でもちょうどいいところに来たわ。これを見てちょうだい」


 鳥山さんに促され、俺はパソコンの画面を確認した。


「なにこれ」

「小説を書くんだぜ! というサイトに、例の日記を投稿してみたのよ」

「何してくれてんの」


 実名で書いてたでしょアレ。

 インターネットモラルが皆無なのだろうか。怖いなぁ現代っ子は。


「それがね? 最初は結構見てもらえていたのに、だんだんとPVが下がっていって……」

「PV?」

「動画サイトで言うところの、再生回数みたいなものよ」

「なるほど」

「何か、改善策は無いかしら。結構、毎日毎日書いているのも、疲れてしまうのよね……」

「やめればいいんじゃ……」

「あなたね! 簡単にそういうこと言うんじゃないわよ! 辛かったら一旦更新を辞めてみたら? なんて軽い言葉を囁かれて、二度と帰って来なかった、WEB小説ライターを、私何人も見てるんだから!」


 ……なんだろう。今日の鳥山さん、やけに熱があるな。

 まるで、誰かが乗り移ったみたいだ。


「PVを伸ばそうと思ったら簡単なのよ。ただ魚谷くんと、私をイチャイチャさせればいいだけ。でも……。違うじゃない! 私たちの夫婦生活って、いつまでも恋人のままというか……。ちょっとしたことでときめくような、淡い恋の展開にしたいわよね!? だから今日は原点回帰。恋人ごっこをするわよ!」


 結局、そういうことがしたいだけでしょ。この人。

 鳥山さんは、ノートパソコンを閉じ、立ち上がった。


「じゃあまず、アレをやるわよ」

「アレ?」

「私がハンカチを落とすじゃない。そしたらそれを、同時に拾ってしまって……。手が触れ合うっていうシチュエーション! これぞまさにキングオブ王道よね! ほらスタンバイしなさい!」

「スタンバイ?」

「教室の外から入ってくるのよ。セリフはこれね」


 鳥山さんに、プリントを手渡された。

 ……えぇ? やるの?


 俺はとりあえず、廊下に出て……。

 そのまま、とんずらした。


 ちょうど廊下を曲がったあたりで――。


「うおおおおお!!!!」


 化け物が、後ろから追いかけてきた。


「おおおお!!!! 魚谷くうううん!!!」


 ……そしてそのまま、角を曲がり切れずに、壁に激突した。

 なにこの……子供向けアニメみたいな展開。


「大丈夫?」

「平気よ」


 壁が凹んでいたが、鳥山さんは無傷だった。

 彼女は特殊な訓練を受けています。決して真似しないでください。


「そんなことより! どうして逃げるのよ!」

「逃げてないよ。スタンバイしようと思って」

「書いてあるわよね? 教室の外からスタートって」

「どこの教室からなんて、書いてないからね」

「屁理屈よ。それが通るなら、私だって、生徒手帳に禁止って書いてないから、魚谷くんにキスしまくってもいいってことになるわ」

「ごめん。戻ろう」

「わかればいいのよ」


 鳥山さんに、ズルで勝とうなんて、百年早かったらしい。


「よ~い、アクション!」


 鳥山さんの声とともに、俺は教室のドアを開けた。


「あぁ~。今日も学校だぁ」


 何このセリフ。

 席に着こうとしたところで、鳥山さんが、横を通った。


「あぁ~。今日も学校ね」


 だから何なのそのセリフ。


「あっ」


 鳥山さんが、ハンカチを落とした。


 プリントによると、三秒数えた後に、手を伸ばす。というタイミングらしい。


 三、二、一……。


 俺と鳥山さんの手は、無事触れ合った。


「……良いわね。良い! こういうのを書けばいいんだわ!」


 すぐに鳥山さんが、ノートパソコンを開いて、執筆を始めた。

 そして、待つことおよそ五分。


「できたわ……。これを投稿して、反応を待ちましょう」


 鳥山さんは充実した表情をしているが……。


「あのさ。鳥山さん」

「なによ」

「これ、最新話に力を込めたところで、新規のユーザーは見ないんじゃない?」

「え?」

「そもそも、六十話ちょっとも更新してるのに、未だにそこまでの評価を得ていない作品なんて、今更追いかけようなんて思う人、いないと思うけど」

「魚谷くん?」

「毎日更新って言えば聞こえはいいけど、毎日更新するほど時間をかけてるのに、結果が出ていないってことはさ……。この作品自体」

「魚谷くん!」

「はっ!」


 今のは一体……。

 まるで、体が乗っ取られたかのように、口がスラスラと……。


「でもそうね。確かに魚谷くんの言う通りだわ。最新話に力を入れたところで、新規の読者が気が付くはずもない……。それだったら、新作を書いた方が、きっと良いわよね」

「いや、今のは俺の意見というよりは」

「それだったら、BLはどうかな」


 急に、虎杖先生が現れた。


「虎杖先生。BLと言っても、魚谷くんしか男がいないわ」

「猫居さんとか、胸がぺったんこだし、男キャラとして運用できるんじゃないかしら」

「それね!」

「まずね? 魚谷くんが言うの。おい猫居。お前、猫が好きだけど……。俺の猫になるつもりはねぇの? って!」


 なんか変なスイッチ入ったぞ……。


「魚谷くん! アイデアがドカドカ湧いてきたわ! 早速猫居さんを呼んできて、男装させて、BLシチュエーションを展開してちょうだい!」

「……はぁ」


 なんだか、今日はもう疲れたよ。

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