第55話 あなたに会いたい。会いたくてブルブル。

「魚谷くん。突然だけど、この動画を見てほしいの」

「授業中ですけど」

「えぇ」


 えぇ。

 じゃないんだよ。


 結局鳥山さんは、俺の目の前で、動画を再生し始めた。


「……なにこれ」

「知らないのかしら」

「知ってるけど……」


 ケンタッ○ーのCMだ。

 クリスマスになると良く流れるアレ。


「これがどうかしたの?」

「この曲、すごく耳に残っているでしょう?」

「あぁ確かに」

「そう。今日はね……。CMソングを作るの!」


 ……せめて、音楽の授業でやったらどうなのか。


 あぁいやもちろん、音楽の授業もちゃんと受けないといけないけどね?


「何のCMソング?」

「決まってるじゃない。私たちの結婚式のCMソングよ」

「えっ……。ちょっと意味がわからないんだけど」

「わからなくてもいいのよ! あなたは私に逆らわず、ただ従っていればそれでいい!」

「傲慢すぎるでしょ……」

「言い方を変えれば、私が全部養ってあげるってことにもなるのよ? 物事は捉え方……。常にポジティブな視点を持って生きるべきよ」


 急に自己啓発本みたいなこと言い出したんだけど。


「例えば私、魚谷くんに、ちょっと嫌な顔されても、あぁ本当は私のこと大好きなのに、その好意に気が付かれたくなくて、あえて拒絶するような態度を取っているのね……? なんて! 考えて過ごしているわ!」


 だからいつまで経っても、色々改善されないのか……。

 頼むから、客観的視点を身に着けてほしい。


 せめて、授業を静かに受ける。くらいのことはできるようになってくれると、もう少し人間っぽくなると思うんだけど……。


「で、結婚式のCMソングって言うのは?」

「毎年結婚式をするじゃない。あぁ今年も、魚谷夫妻の結婚式の時期かぁ……。って、人々が季節を感じられるような、素敵な曲が良いと思っているの」

「ごめん。毎年結婚式?」

「え? そんなに引っかかることかしら」

「そんなに引っかかることでしょ」

「結婚記念日に、毎年結婚式をする……。これって、当たり前のことだと思うのだけれど……」


 鳥山さんが、少し困惑した表情をしている。

 なんだこの、パラレルワールドに来たような感覚。


「虎杖先生! 毎年結婚式をするのって、おかしなことじゃないわよね?」

「どうだろうね~。人それぞれかもね~」

「ほら。虎杖先生もそうやって言ってるわよ?」


 すごい。授業と全く関係の無い質問を、平然とぶつけてみせた。

 それにあっさり答える虎杖先生も、どうやら相当、鳥山さんの奇行に馴れてきたらしい。


「だって、誓いのキスとかさ……。あんなの毎年やるつもりなの?」

「そうね。誓いのキスは三部構成なのよ。一度目はフレンチキス。二回目はディープキス。三度目はチョメチョメキス。これ、結婚式のメインイベントなのよ?」

「鳥山さんさ。一般的な結婚式って、知ってる?」

「そんな話はどうでもいいのよ! 今日はCMソングの話でしょう!?」


 めっちゃ怒られてしまった。


「どんな歌詞が良いかしらね……。一応、候補はいくつか考えてきたのだけれど」


 鳥山さんが、カバンからノートを取り出した。

 ……五冊ほど。


「こんなに考えてきたの?」

「歌詞ってね……。一度飛んでくると、何度も飛んでくるのよ」

「飛んでくる……?」


 普通、降りてくる。とかじゃないのか……?


「ほら、昔あなたにも聞かせてあげたでしょう? 魚谷くんにキッスエンドクライ。アレなんて、深夜三時に飛んできて、そのままの勢いで書き終えたのよね」

「あぁ……」


 なんか、あったかもなぁ。34話参照


「あっ! ほらまた今も飛んできた!」


 急に俺のシャーペンを手に持った鳥山さんが、俺の国語のノートに、文字を書き始めた。


 今更このくらいの非常識でツッコむ俺じゃない。


「書けたわ……。どう?」


『あなたに会いたい。会いたくてブルブル。永久保証の私だから』


「これ、西野○ナのパクリじゃない?」

「はぁ? な~に言ってんのよ魚谷くん。会いたくてブルブルよ? そんな曲、あの歌姫にあったかしら?」

「すごく似たようなタイトルがあったような気がするんだけど」

「仕方ないわね……。じゃあこれは?」


『君がいた冬は遠い幻の中。空に消えて行った線香花火』


「ダメだねこれも」

「なんでよ!」

「CMソングがパクりって、めちゃくちゃ恥ずかしいことだと思うよ?」

「だからパクリじゃないの! これはリスペクト!」

「……シンプルにさ。向いてないからやめたら? お金あるんだし、委託すればいいよ」

「それだったら、お金を出して曲の権利を買ってパクった方が、気持ちいいわよ」

「びっくりするぐらい最低だね」


 さすがにドン引きしてしまった……。

 金持ち、恐るべし。


「……もういいわ。CMソングは、魚谷くんがシャワーで髪の毛についた泡を流している音にするから」

「苦情がくるって」

「あぁもう! もう!」


 鳥山さんが、地団太を踏み始めた……。


「うまくいかないからって、暴れるのやめてくれない?」

「……暴れる?」


 何か閃いた様子で、鳥山さんが俺のノートをめくり、まっさらなページに、再び歌詞を書き殴り始めた。


「……自信作よ」


 そして、堂々とした様子で、俺にノートを押し付けてくる。


『暴走暴走! ひゃっはー! 魚谷くんをぺろりんちょ~! 誓いのキッスは二度漬けオッケー! あなたをハグしてドッキドキ! 暴れまわるハートを~。 ハグしてキスして抑え込み~! ど~してこんなに好きなのよ! あなたが悪いの謝って!? 恋する乙女はメロメロン! 甘い瞳で君を堕としたいなぁ~!』


 ……。


 ひっどい。


「ふふふ……。素晴らしすぎて、言葉も出ないのね」

「……」

「魚谷くん。結婚式が楽しみでしょう?」

「ははっ」


 絶対に、この人とは結婚しないだろうな。

 そう思った、とある日の授業中でした。

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