第54話 パパ~!

「おはよう加恋」

「おはようございます。兄さん」

「おはよう魚谷くん」

「あぁ。おは――」


 ……?


 ……!


 な、なんで鳥山さんが、朝から我が食卓に?


「どうしたのよ。挨拶もまともに返せないような夫を持った覚えはないわよ?」

「ちょっと待って。おい加恋。なんで家に入れた?」

「兄さん。味噌汁が冷めてしまいますから。早く飲んでください」


 加恋は逃げるようにして、台所に向かって行った。

 鳥山さんが、自分の隣の椅子を引き、俺を招いている。


「さぁ。どうぞ座りなさい。一緒に朝食を食べましょう」


 とりあえず、座ってみる。

 なんだこの状況……。クリー○ーか?


「鳥山さん。これは一体……」

「思ったのよ」


 鳥山さんは、ウィンナーを口に頬張りながら、俺に目を向けた。


「私たち、結婚してるのに、同じ食卓で朝ご飯を食べないなんて、おかしいってね」


 ……怖いんだけど。

 これを真顔で言えてしまうんです。この人は。

 全く冗談で言っている雰囲気を感じない。


「さすがにさ……。家にまで入られると、きついんだけど」

「きついって何よ。私の愛を黙って受け入れなさい」

「愛って……」

「その卵焼き、実は私が作ったのよ」

「あっ……。へぇ」


 変な物……。入ってないよな?

 匂いを嗅いでみたが、特に異常はない。


 鳥山さんが見つめる中、その卵焼きを頬張る。


「……うん。美味しい」

「当たり前じゃない。隠し味に、愛情をたっぷり注いだもの」

「愛情ね……」

「そうよ。魚谷くん好き好き。魚谷くんの心を奪い、虜にする味になるのよ~って。祈りを込めて作ったわ」

「そうですか……」

「……なんだか、あまり嬉しそうじゃないわね。どうしたの? 体調でも悪いのかしら」


 良くはないよね。

 家という、唯一の守られた場所に、怪人が侵入してるわけだから。


「それにしても、朝から魚谷くんと一緒に食卓を囲むことができるなんて、まさに理想的よね。あなたもそう思うのよ」

「思うのよ?」

「思いなさい!」

「はい……」

「よろしい。じゃあ、今からあなたの子供の役をするから」

「は?」


 いきなり鳥山さんが、席を立ち、リビングから出て行った。


 そして――。


「パパ~!」


 小学生っぽい、キャラクターもののTシャツを着て、戻ってきた。

 おいおい、何が始まった?


 鳥山さんは、そのまま俺に向かってダッシュしてきた。

 抱き着こうとしてきたので、それを直前で回避。


「あぎゃっ!?」


 バランスを崩した鳥山さんが、思いっきり椅子に顔をぶつけた。

 ……トムと○ェリーみたいだな。


「信じられないわパパ! どうして避けるのよ!」

「そのパパって何?」

「決して、パパ活ではないのよ」

「それはわかるよ」

「あなたと私に子供ができるじゃない。その子供との、朝の素晴らしいひと時を演出してあげてるのよ。もっと喜びなさい?」


 つまりなんだ……。

 今から、子供を演じるってことか。


 寝起きになんてヘビーな展開を用意してくれたんだ……。


「パパぁ! 私にご飯食べさせて!」


 何歳くらいの想定なんだよこれ。


「自分で食べてよ」

「えぇ~!? パパって人の心が無い外道なの!?」

「子供が使う言葉じゃないでしょ」

「ママが教えてくれたの~!」

「ママに食べさせてもらったらいいんじゃない」

「そうする!」

「えっ」


 鳥山さんは、席に座った。


「ほら、どうぞ」


 そして、箸で卵焼きを掴み、自分の口元まで持って行った。


「わぁ~い! ありがとうママ!」


 その卵焼きを頬張り、笑顔になっている。


「う~ん美味しい!」

「そうでしょう? だってママが、愛情込めて作ったんだもの」

「ママの愛って、全部パパに注がれてるんじゃないの?」

「いいえそんなことないわ。もちろんパパへの愛は、それはもうものすごく注がせて頂いているけれど……。あなたのことも、これ以上ないほど愛していると、胸を張って言えるわ!」

「やったぁ! 私ね? ママもパパも、だ~いすき!」


 ……ここ、俺の家だよな。

 たった一瞬にして、恐怖の館になってしまったけど。


「……あなたがやれって言ったのよ?」


 鳥山さんが、睨みつけてきた。


「やれとは言ってないけど……」

「言い訳は聞きたくないわ! あぁ~幸せな時間だった! 脳内麻薬ドバドバよ! 母が感じるはずの幸せと、娘が感じるはずの幸せが、一気に押し寄せてきて、幸福受容体のキャパシティがオーバーしてしまったわ! どうしてくれるの!? これ以上幸せなことが起きたら、あっというまに爆発してしまうわ!」

「そうなる前に、帰ったらどうだろう」

「何言ってるのよ。これから一緒に登校するのよ?」

「えぇ……」

「何よその嫌そうな顔は! パパ!」

「その呼び方もうやめてくれない!」

「お父さん! 父上!」

「……」


 俺は台所にいる加恋に、目を向けた。

 俺と目が合った瞬間、わかりやすく逸らしたので、そちらに向かう。


「加恋。今の会話、聞いてたか?」

「洗い物って楽しいですよ」

「おい」

「……なんですか。巻き込まないでください」

「鳥山さんは今、幸福受容体が大変なことになってるらしい。だから――」


 俺は加恋に、鳥山さんに対して、とあることを言うように命じた。


「嫌ですよ……」

「今度、なんか奢ってやるから。頼む」

「……しょうがないですね」


 洗い物を中断し、加恋が鳥山さんの元へ向かった。


「あら。どうしたのかしら」

「……あの」

「えぇ」

「……お姉ちゃん」

「……ぴ?」


 鳥山さんが、固まった。

 かと思ったら、急にがくがくと震え出し……。


「か、かかかか、かかかあぁ、か、加恋ちゃん? 今わ、わたわあああた私のことを、お姉ちゃんって」

「……はい」

「ぴょおおおおおお!!!!!」


 頭から煙を出して……。

 鳥山さんは、無事気絶した。


 その顔はとても幸せそうだった。


「……じゃあ、さっさと追い出そう」

「兄さん……。人の心が無いですね」

「鳥山さんが人じゃないからな。合わせていくしかない」


 俺は鳥山さんを持ち上げ、家の外に放置した。


 ☆ ☆ ☆


 ふっふっふ……。馬鹿ね魚谷くん。

 確かに、加恋ちゃんにお姉ちゃんと呼ばれるのは、とんでもなく幸せなことだけれど……。

 それごときで、気絶する私じゃないのよ!


 私が気絶すれば、きっと魚谷くんは、私を抱きかかえて、家の外まで運んでくれる!


 それを最初から、期待していたのよね……。

 さぁ魚谷くん。私を運びなさい?

 そうそう。そうやって、膝の裏に手を差し込んで……。


 ……えっ?


 ちょっと待って? これ――。お姫様抱っこじゃないの?

 そうよね。絶対そうよ。お姫様抱っこよ!?


 あ、なにこれ幸せ。意識が――。




 こうして、鳥山蘭華は、本当に気絶したそうです。

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