第53話 だったら話は早いわね! 個室トイレに行きましょう!

「……おかしいのよ」

「なにが?」

「ちょっと魚谷くん。これを見てほしいの」


 登校中、鳥山さんが立ち止まり、いきなりスマホの画面を見せてきた。


「何このグラフ」

「これはね。魚谷くんと、ほぼ毎朝一緒に登校している中で……。私のドキドキ具合を記録したものなのだけれど」


 そんなもの記録してたのか……。


「徐々に右肩下がりになっていることが、明らかにわかるでしょう?」

「……え?」


 どう見たって、横一線。

 それどころか、たまに飛びぬけて高い日とかあるんですけど。


「よく見なさいよ! ほら!」


 鳥山さんに頭を掴まれ、引き寄せられた。

 ……スマホの方をこっちに寄せてくれれればいいのに。


「……あぁ。まぁ確かに、めっちゃ少しだけど、下がってるね」

「少し……。なるほど。魚谷くんは、あまり普段大きな数字を動かしていないみたいね」

「どういう意味?」

「例えば、あなたが百億円持っていたとして、百万円落としたとする。その百万円って、相対的には、ちっぽけなものよね? でも、額としては大きいじゃない。このグラフもそうなのよ」


 値が大きいってことか……。


「昨日の私のドキドキ具合が、三千五十恒河沙くらいなのだけど」


 恒河沙って。


「今日はね? 二百億くらいその数値が下がってるのよ! 二百億よ!?」

「わかったからそんな詰め寄らないでよ」

「だから! 私はもっと、あなたとドキドキを高めるような行為をするべきだと思うわ!」

「……一旦距離を置くとか、そういうのじゃダメなの?」

「無理無理無理! 無理すぎてムッソリーニになっちゃうわね!」

「……?」

「とりあえず、広背筋を見せてもらっていいかしら」

「あの」

「見せなさいよ! おらぁ!」

「ちょっと! 制服が伸びるから!」


 急に背後に回って、首元を引っ張られている。苦しい……。


「問題無いわ! もし伸びたら、私が買い直してあげるから!」


 金持ち的解決の仕方……。強引すぎる。


「見!せ!ろ! 抵抗しないでちょうだい!」

「これ、男女が逆だったら、大問題だと思うんだけど」

「そうね。でも私が女の子で、あなたが男の子なのよ! それともあなた、女として私に愛されたいの?」

「そういう性癖はないですけど……」

「……なんだか、私ばかり性癖を晒していて、平等じゃない気がしてきたわ」


 急に何かを考えこむようにして、鳥山さんの動きが止まった。


「加恋ちゃんも、あなたの性癖を知らないって言ってたのよ。もしかして、性に関心が薄いのかしら」

「そんなことはないけども」


 鳥山さんが関心ありすぎるだけでしょ。


「……待って。そうよ! 私、勘違いをしていたわ!」


 そう言うと鳥山さんは……。


 突然、服を脱ぎ始めた。


「待って」


 当然止めさせてもらう。


「魚谷くん。わかったのよ私。今、脳みその中で、ガリ○オのBGMが流れているわ」

「ここは普通の路上だからね? 頭に入ってる?」

「私の頭の中には、魚谷くんしか入ってないわよ!」

「……」

「あのね? 私の興奮に関しては、やっぱり限度があるのよ。馴れもあるし。だけど、あなたの興奮はどう? 普段あまり興奮しない分、ちょっとでも煽ってやれば、簡単に本性を現しそうじゃない! それで! 大好きな人が興奮しているところを見れば、私も当然めっちゃ興奮するってわけよ! どう!? 完璧な案だと思いなさい!」


 これはマズいことになったな。

 もしこんなところで脱がれたら、警察を呼ばれてもおかしくない。


「いや、路上で脱がれても、恐怖を感じるだけだからさ」

「愛してる人が怯えてるところを、優しく抱きしめる……。これもいいかもしれないわ!」


 ダメですね。これは。


「じゃあ、脱ぐわよ。邪魔しないでちょうだい」

「待ってって」

「なんでよ! 脱がせなさいよ!」

「本当に一回で良いから冷静になって考えてみて。ここは人目がある場所だし、今は朝だよ? もし鳥山さんが登校中に、全裸のおっさんを見たらどうする? 通報するでしょ?」

「あなたこそ冷静になりなさいよ! 全裸のおっさんが一人で突っ立ってるのとは、訳が違うわ! 私は! ちゃんと大好きな人に興奮してもらいたくって、こうして脱ごうとしているんだもの! これは完全なる愛の証明じゃない! どこに逮捕する要素があるっていうのかしら! むしろ逆に訴えたいくらいね!」


 まさか、反論されるとは思わなかった。

 やっぱり、この人に法律は通用しないのだろうか。


「ん? でも待って魚谷くん。じゃあ、人前じゃなければ、私の全裸、見てくれるのかしら」

「そういうわけじゃ」

「だったら話は早いわね! 個室トイレに行きましょう!」

「えっ」


 鳥山さんに、腕を掴まれた。


「いやいや。鳥山さん。中学生の初体験じゃないんだから」

「珍しくセンシティブなツッコミね! 興奮してる証よ!」

「違うって。あの、引っ張るのやめてくれない?」


 全力で抵抗しているのに、なぜか全く動きを止められない。

 どんなパワーしてるんだこの人。


 まずいな。このままだと本当に、個室トイレに連れ込まれて、全裸を見せつけられてしまう。

 防犯ブザーとか……。持っておくべきだったな。ようやく必要性がわかったよ。


「……あっ」


 急に、鳥山さんの動きが止まった。


「……しまったわ」

「どうしたの?」

「今日……。あんまり可愛い下着、着けてないのよ」

「……はぁ」

「情けない話だわ。いつだってあなたの前で脱ぐことを考えて、油断しないように心がけていたのに……。今日は、あのグラフが気になって、ずっと考察していたから、下着を選ぶ時間がなかったのよね」


 ……助かりそう?


「じゃ、じゃあ……。今日はこれで、終了ということで。登校しよう」

「あ、でも魚谷くん。ノーパンノーブラの方が当然好きよね?」

「え?」

「データがあるのよ。男性は、女性の下着の面積が少なければ少ないほど、興奮するって。ノーブラノーパンはゼロ……。つまり! あなたの興奮を! 完璧に! 引き出せるってことね!」


 助かりませんでした!


「あなたを個室トイレに閉じ込めている間に、下着を外す。そして、目の前で再び脱ぐ過程を見せる……。そうすれば、いきなり制服を脱いだ私は、産まれたままの姿を見てもらえるっていうわけ!」

「もう性犯罪者じゃん」

「黙りなさい! あなたがそんな、魅力的な男だからいけないのよ。恨むなら、その素晴らしい容姿に産んで下さった、両親を恨むのね」

「……ちょっと待って。本当に個室トイレに連れ込むつもりなの?」

「私はいつだって本気よ。あなたに真剣に向き合ってる」


 ……真剣だったら、もう少し恋愛の過程みたいなものを、考えてほしいんですけど。

 付き合っても無いのに、個室トイレで全裸を見せつけようとしてくる女の子、好きになるわけないでしょうが。


「……なんか魚谷くん。本気で嫌そうな顔してるわね」

「本気で嫌だからだよ」

「泣きそうよ。だって、全裸になろうって言ってんのよ!? 今をときめくJKが! それをあなたは、無料で見ることができるっていうのに!」


 顔を真っ赤にして怒られても、困るんですけど……。


「もういいわ。今日は許してあげる。深く傷ついたわよ私! 下着もダメ! 全裸もダメ! あなたの興奮ポイントが全く分からないわ! 興奮ポイントわからないじゃない罪で訴えてやるんだから!!!!」


 そう言って、鳥山さんは去って行った。

 ……助かったけど、これは近いうちに、反撃に遭いそうだな。


 今のうちに、弁護士を探しておくことにしよう。

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