第48話 好きな人の体毛くらい食べられないようじゃ、愛は証明できないわ?

「キングオブコ○トに出ましょう」

「は?」

「は? ぶん殴るわよ?」


 最近、クレーマー女子というよりは、もはやただの暴力女子と化している鳥山さん。


「キングオブコ○トって……。お笑いの?」

「そうよ。私たちなら、きっと優勝できると思うわ」

「無理だって。そもそも一回戦で敗退でしょ」

「そこはお金の力でなんとかしてみせるわ」

「やめて絶対」


 インターネットでどんな悪口を書かれるか、わかったもんじゃない。


「そもそもなんで、急にキングオブコ○トなの」

「実はね。最初はただ単に、魚谷くんとコントをしてみたいなと思ったのよ」

「うん」

「だけど、どうせ練習するなら、目標があった方がいいでしょう?」

「それはそうかもしれないけどさ」

「目指すは優勝ね。賞金の一千万は、もちろん寄付するわ」


 その優しさを、少しでもいいから、もっと身の回りの人間にも分配してほしいと思います。


「あの、すっごいやりたくないんだけど」

「どうしてなのよ。意外と楽しいわよ? やってもないのに否定するのは愚者の証ね。みっともない」

「そこまで言わなくてもよくない?」

「わかったわ魚谷くん。今から超面白い一人コントを見せるから、それで判断してちょうだい」


 エグイくらいハードルが上がってしまったが、大丈夫なのだろうか。


「いきます。ショートコント、魚谷くんの体毛」

「やめよう」

「なんでよ!」

「色々危ないと思う。あとここ食堂だからさ。あんまり体毛とか言わないほうがいいよ」

「関係ないわよ。好きな人の体毛くらい食べられないようじゃ、愛は証明できないわ?」

「そんな話はしてないんだよね」


 ちなみに俺たちの周りには、誰も座らない。

 ものすごく混んでいるので、キョロキョロしながら席を探している人たちに対して、本当に申し訳なくなってくる。


「でもね魚谷くん。もし、高校生でキングオブコ○トに出場して、優勝したら、きっとすごいことになると思わない?」

「それは思うけど」

「結婚式にも大勢の人が集まってくれるわ」

「結婚しないけどね」

「わかってるわよ。私と加恋ちゃんを同性婚させて、私を妹にしたいのよね?」


 一体普段、何を食べていたら、こんな発想が、サラッと出てくるんだろう。


「あれ? でも魚谷くんと私って、誕生日どっちが早いのかしら。えっと魚谷くんが六月で……。私は何月だったかしらね」

「……」

「……ツッコミなさいよ。私がボケで、魚谷くんがツッコミなんだから」

「いや、うん」


 いつも通りのアレな発言かと思って、普通に聞いてしまった。


「あの、かなり話題は戻るんだけどさ。なんで俺とコントやりたいって思ったのかな」

「そんなの、理由は一つしかないわ」


 鳥山さんが立ちあがり、テーブルの上に乗った。

 そして俺を見降ろす。

 食堂のテーブルですよ。委員長さん。


「例えば魚谷くん。銀行強盗のコントをしていて、捕まると思う?」

「思わないけど」

「そういうことなのよ。一回コントを始めてしまえば、そこは無法地帯になるっていうわけ」

「今すぐ芸人さんに謝ったほうがいいよ」

「つまりね? ショートコント、魚谷くんとキス! ……この一言だけで、魚谷くんとキスしまくりのシチュエ―ションが出来上がりってわけなのよ!」


 ドヤ顔で言われてしまった。

 あれ、この人って、テスト全部満点とか、そういう離れ技をやってのける天才だったと思うんですけど……。脳みそ溶けたの?


「あとは、ショートコント、デート! って言ってしまえば、毎日デートできちゃうわよね」

「デートはショートじゃない気がするんだけど」

「とにかく、あなたに拒否権なんてものはないのよ。大人しく受け入れなさい」

「とりあえず、ラーメン食べたら? 麺が伸びるよ?」

「大丈夫よ。ラーメンは褒めて伸ばすものだから」

「……へぇ」

「えぇ。そうなの」


 ……あっ、今のはボケじゃなかったんだ。


「さて、じゃあ早速、キングオブコ○トの予選で発表するネタを、二人で考えましょう」

「そっから?」

「当たり前じゃない。ボケとツッコミ、二人がいてこそのコンビなのだから。ちなみにコンビ名は『魚谷まなや・らんか』ね」


 にじみ出る昭和感。


「まずはシチュエーションから。そうね、無難に、魚谷くんの部屋ってことにしましょうか」

「無難に?」

「それで、二人はベッドの上」

「あの」

「お互いに向き合って、だけど体に触れることはなく、ただ見つめ合っているの」

「コントじゃなくない?」

「やがて、自然と距離が近づいていく。魚谷くんの手が、私の肩に置かれて……。っていうところで、ちょうど制限時間内に収めたいのよね」

「広告のエロ漫画みたいな終わり方しないでよ」


 鳥山さんが、今話した内容をメモしている。世界一無駄なメモだ。


「お笑いの要素が全くないんだけど」

「あぁそれはね。二人とも般若の面を被ってふんどし姿なの」

「異世界のエロを表現しないでくれ」

「肌は白に塗ってね」


 絵面だけなら、確かに面白いかもしれないが……。

 高校生が、ベッドの上はダメだろう。


「やっぱりコントはやめよう」

「なんでよ!」

「もっと自信作ができてからにしてくれない?」

「……わかったわ。じゃあ、だいたい三十話くらい後になったら、あなたを驚かせられるような、最高の爆笑コントを見せてあげるわ」

「三十話?」

「おっといけない。こっちの話よ」


 鳥山さんが、麺をズズズっと啜った。


「やっぱり伸びた麺はまずいわね。もう一杯」

「青汁じゃないんだから」

「……できるじゃない」


 ……ハメられた。

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