第47話 私は魚谷くんのにつむじにキスがしたかったのよね~!
「あらおはよう魚谷くん」
校門の前に止まったパトカーの中から……、鳥山さんが現れた。
ついに捕まったのか。この人。
しかし、その表情には、どこか余裕が見られる。
そして、パトカーは行ってしまった。
「おはようって言ってんのよ!」
「あぁごめんおはよう」
朝からデカい声で怒られてしまった。
「私って寝相が悪いのよ。だから将来、魚谷くんと寝室を共にする場合でも、ダブルベッドにはしない方がいいかもしれないわ」
「はい?」
「私って寝相が悪いのよ。だか」
「いや聞こえたよ」
「聞こえたなら会話を進めなさいよ!」
……一旦落ち着こう。
鳥山さんのペースに合わせたら負けだ。
「あの、鳥山さん。どうしてパトカーから出てきたの?」
「実はね。偽札を作ってるんじゃないかっていう疑いをかけられたのよ」
「えっ、そうなんだ」
鳥山さんと言えば、お金持ちで有名。
偽札を作るなんてことは、ありえないと思うけど。
「そうなのよ。魚谷くんの言う通りだわ」
「何も言ってないよ。勝手に心読まないでくれる?」
「これを見なさい」
鳥山さんに突き出されたのは、一枚のお札。
しかし、普通なら偉人がプリントされているはずの部分に……。
俺の顔が、選ばれていた。
「なるほどね。これは偽札だ」
「いいえ違うわ。ここ、魚谷ラバーズランドの園内通貨よ」
「ここって?」
「ここよ」
鳥山さんが指を差したのは、校門の横。
本来そこには、俺たちの通っている高校の名前が刻まれた石がはめられているのだが……。
その代わりに、魚谷ラバーズランド! と、アホっぽいフォントで書かれた紙が貼りつけてあった。
「さぁ行きましょう魚谷くん。楽しみね? 私、遊園地に来るのは五年ぶりくらいだわ。でも親族が遊園地を作ったのは三年前ね」
サラッと挟まれるお金持ちエピソード。
「鳥山さん。ここは学校なんだけど」
「何言ってるのよ魚谷くん。ほら、受付のお姉さんがいるでしょ?」
「え?」
校門を抜けてすぐ。
……ピンク色の鉢巻きを頭に巻いた、加恋が立っていた。
「ようこそ。魚谷ラバーズランドへ!」
そして、満面の笑みで、そんなセリフを吐いた。
「加恋。爆弾でも仕掛けられてるのか?」
「お客様。二名様ですね?」」
「加恋」
「えぇ。二名よ」
「かしこまりました! では、素敵な魚谷ラバーズライフをお楽しみください!」
「行くわよ魚谷くん!」
鳥山さんに、強引に腕を掴まれた。
加恋は笑顔だが、どう見ても目が死んでいる。
……多分。またいつもの日記を見せてもらう代わりに、こんなことやらされてるんだろうけど。
「じゃあ魚谷くん。最初のアトラクションは――。観覧車よ!」
いきなりクライマックスだ。
だけど、うちの学校に、観覧車なんて、あるはずがない。
そう思っていたら……。さっき受付をやらされていた加恋が、猛ダッシュで俺たちの横を通り過ぎて行った。
「あっちよ」
そして、鳥山さんに連れられ、運動場へ。
……加恋が、息を切らしながら、スタンバイしていた。
「よう……。こそ。かんら……。ふぅ~。へ」
限界じゃないか。
そんな加恋の後ろには、椅子が二つ並べてある。
「まぁ! 素敵ね! じゃあ早速乗りましょう!?」
二人で向かい合うようにして、椅子に着席。
「それでは二人とも、空の旅をお楽しみください」
「機長か?」
「るるるるるるる」
「遊具が動き出す時の警告音をやらなくていい」
あと、観覧車はずっと動いてるから、その音は鳴らないぞ。
「わぁ~。どんどん人がゴミのようになっていくわ!」
「言葉選ぼうよ」
「魚谷くん見て! もうビルがあんなに小さい!」
……なるほど。動いてる前提なんですね。
「てっぺんに到達したらキス。てっぺんに到達したらキス。てっぺんに到達したらキス」
「……」
「……あっ!! ちょっと間違えちゃったじゃない! 心の声と実際に発する声が、逆になってしまったわ! 今のは聞かなかったことにしなさい!」
ガッツリ聞いてしまった。
そのてっぺんとやらが、鳥山さんの妄想で行われるので、タイミングが予測できなくて、本当に怖い。
「魚谷くん。空が綺麗ね」
「なにそのゼロ点コメント」
「仕方ないじゃない! あなたとてっぺんでキスすることで、頭がパンパンなんだもの!」
「しないよ?」
「残念だったわね。今日は加恋ちゃんもいるのよ?」
「えっ」
加恋がいきなり、俺の両手を、手錠で椅子に縛り付けた。
「おい加恋。おいおい。いいのか? お前の兄が、酷い目に遭おうとしてるぞ」
「ごめんなさい兄さん。どうしても続きが読みたくて……」
「さぁもうすぐてっぺんよ! 覚悟しなさい?」
「ま、待ってくれ鳥山さん」
「待たないわ」
俺はなんとか立ち上がり、椅子に縛り付けられたまま、逃亡を図った。
しかし、超人鳥山蘭華からは、例え全身が自由に動かせたところで、逃げることは不可能なのだ。まして、手が使えないこの状況では、彼女を振り切ることなんて、できるわけもなかった。
「ぐへへ。ぬるぬる」
「ぬ、ぬるぬる?」
「間違えたわ。心の声が出てしまったの」
心に理性が全く残ってないんだけど!?
まずいどうしよう。今回こそは本当に逃げられないかもしれない。
何か、打つ手は……。
「あっ!」
足元が疎かになっていたらしい。俺はバランスを崩して、派手にこけてしまった。
「……もう逃げられないわよ?」
「鳥山さん。落ち着こう。これが君の望んだ状況か? 人を転ばせてまで、キスしたいか?」
「したいわよ! そんなこといちいち訊かないでちょうだい! 私がキスできれば、あなたの意思なんてどうでもいいのよ!」
化け物……。
「さぁ覚悟しなさい……」
鳥山さんが、じりじりと詰め寄ってくる。
そして――。
俺のつむじ辺りに、キスをした。
……えっ。
「……でゅふっ。しちゃった」
気持ち悪い反応……。
って、そうじゃない。なんだこれ。
「ふふ。魚谷くん。唇にキスされるんじゃないかって、期待したでしょう?
でも残念! 私は魚谷くんのつむじにキスがしたかったのよね~! あぁ~とっても気分が良いわ! 日本は大○が合法じゃないから、そろそろこういう刺激の強いものを吸引しないと、気がおかしくなりそうだったのよ! ありがとう魚谷くん。ありがとう加恋ちゃん。あなたたちは、最高の兄妹だわ! それじゃあ!」
鳥山さんは、こちらに手を振って、姿を消した。
「……加恋。手錠外してくれよ」
「……兄さん。どうか恨まないでください」
「恨まないよ。悪いのは……。多分、この社会だな」
なんて、ちょっとシャレぶった言い方をしないと、飲み込めないような、朝の出来事だった。
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