第46話 魚谷くんの歯なら、是非もらいたいくらいだけれども。

「魚谷くん。夏と言えば連想するものは何かしら」

「えっ」

「……何よその、鷲が機関銃で撃たれたみたいな顔は」

「どんな顔なのそれ」


 鳩が豆鉄砲をくらった。という言葉を強い表現にしようとしたんだと思う。

 その結果、ただの可哀そうな鷲が生まれてしまった。


 まぁそれは良いとして。二十一世紀に突入して初めて、鳥山さんがまともな話題を持ってきてくれた気がする。歴史的な出来事だ。


「そうだなぁ。俺はかき氷かもしれない」

「かき氷! 良いわね」

「あとは花火とか」

「花火もいいわね!」

「それから」

「でもね魚谷くん。結局はこたつなのよ」


 ……あっ。

 鳥山さん、どうやらこの暑さで、頭が参っちゃったみたい。


「鳥山さん。保健室に連れていこうか?」

「なっ。あなたねぇ! こんな昼間から、女の子を、ベッドのある個室に連れ込むつもりなの!? 神経を疑うわね! 歯医者で神経を抜いてもらった方がいいわよ!」


 保健室を、ベッドのある個室と表現するのは、きっとこの人くらいだ。

 あと、神経に関しての発言は、ちょっとボケがマニアックすぎて、ツッコミの言葉が見つからない。


 一回の発言で二回もボケられると、こちらとしてもツッコミが追い付かないのだ。

 だから、心の中で済ませることにする。


「歯医者で思い出したわ。魚谷くん知ってる? 昔の人って、成人式の儀式として、抜歯をしたらしいのよ。信じられないわよね。魚谷くんの歯なら、是非もらいたいくらいだけれども」

「あの」

「いやいやそんな話はどうでもよかったわ。魚谷くん。夏といえばこたつなのよ。なぜかわかる?」

「わからない……」

「教えてあげるわ。夏、クーラーの効いた部屋で……。こたつに入り、ミカンを食べるの。お雑煮なんかも良いわね。そうして季節を支配することによって、自分自身の気持ちを高ぶらせていく……。どう? 素晴らしい過ごし方だと思わない?」


 どうしよう。こんなに共感できないことってある?


 いや、クーラーの効いた部屋で布団に籠る――。

 みたいなのは、何回か聞いたことがあるけども。


 きっとこの世界で、鳥山さんしか実行していない過ごし方だと思う。


「魚谷くん。同棲が始まったら、あなたもやるのよ?」

「嫌だよ」

「拒否権は無いわ」

「そもそも結婚しないからね」

「どうしたの魚谷くん。暑さでおかしくなってしまったのかしら。私たちの結婚式なら、昨日終わったじゃない。ブーケトスは盛り上がったわね。まさか加恋ちゃんが取るなんて。きっとあの子なら、素晴らしい夫を見つけることができるわ。私は確信してる」


 ……おかしくなってるのはどっちだろう。

 妄想と現実の区別がついていないんだと思う。怖いなぁ。


「でも魚谷くん。あなた、かき氷が一番に出てくるだなんて、意外と子供らしいところあるのね」

「まぁね」

「わかったわ。作ってあげる」

「え?」


 鳥山さんが指を鳴らすと、すぐに黒服が……。

 かき氷機を持ってやってきた。

 手動のヤツではなく、自動式で、なおかつフワフワ氷が出てくるヤツだ。


「さぁシロップを選びなさい。いちご、メロン、ブルーハワイ、私。どれ?」

「いちごで」

「二億円よ」

「……メロン」

「三億円よ」

「ブルーハワイ」

「148兆7286億よ」


 国債かな?


「じゃあいらないです」

「はぁ!? まだ最後の選択肢『私』が残っているじゃない! こちらなんと無料! タダとなっております! 選ばないなんて損よ!?」

「そう言えば俺、今日はお腹壊してたんだよな。うん。かき氷食べられないんだよ」

「あら。それは好都合ね。私味は、とっても暖かいかき氷なの」


 平気で矛盾を生み出してくるな。この人は。


「暖かかったら、溶けるでしょうに」

「そうよ? でも、溶ける前に食べればいいの。ね?」

「……ごめん。一応確認しておくよ。私味っていうのは……。鳥山さんの、一部分を使用したかき氷――。ではないよね? さすがに」

「……」


 鳥山さんの動きが止まった。


 ……危ない。この人、人の汗を飲んだり、毛を食べたり、平気で気持ち悪いことをやってみせるから。

 一応確認しておいてよかったよ。本当に。


「……魚谷くん。このかき氷機、いくらしたか知ってる?」

「結構高そうだけど」

「十二万よ」

「MacBook Airくらいするじゃん」

「どうしてくれるの? あなたの一言で、一瞬でパーじゃない」

「知らないよ。そもそも、そんなかき氷作ったところで、俺が食べると思ったの?」

「そんなところまで考えて、買わないわよ」


 ナチュラル金持ち発言が飛び出した。

 黒服がかき氷機を持ち帰って行く。


 すっかり意気消沈したかに思われた鳥山さんだったが……。

 急に、何かを思い出した様子で、立ち上がった。


「そうよ! 花火も好きって言ってたわよね!」

「あぁうん……」

「私も好きなのよ花火。今日ちょっと、ここでやりましょう?」

「ここって……?」

「いいから来なさい!」


 鳥山さんに腕を掴まれ……。屋上へ。


 すでにそこに、黒服がスタンバイしていた。なんだこの手際の良さ。


「昼間だから、あまり見えないかもしれないけれど……。構わずやってしまいましょう!」

「えっ、ちょっと――」


 鳥山さんが、腕を降ろした。

 それがどうやら、合図だったらしい。


 爆音を鳴らしながら、空に花火が打ち上げられた。


 そして、しばらくして……。また大きな音。


「う~おた~にく~ん!!!」


 掛け声間違ってるんだけどなぁ……。


「どう? 美しいでしょう?」

「そうだね」

「私が!」

「あはは」


 貴重な夏の思い出になりましたとさ。めでたしめでたし。


 ……この僅かな時間の間に、一体いくらつかったんだろう。

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