第43話 ウチのせいにしんといてよ……。
「……にゃあ」
「猫居、何してるんだ?」
「ぎゃああ!!?」
校舎裏に猫居がいたので、話しかけたら、ものすごく驚かれてしまった。
「あ、あんた、なんで朝からこんなところにおんの」
「それはこっちのセリフだよ。お前こそなんで校舎裏に?」
ちなみに俺がここに来た理由は、鳥山さんに見つからない場所を探すためだ。
どうせここも、あと二分くらいでバレるだろうけど。
「……」
猫居は答えない。その代わりに、彼女の腕の中にいる猫が、にゃあと鳴いた。
「なるほどな……。ここで飼ってたのか?」
「誰にも言わんといてよ?」
「俺が言わなくても、その内誰かにバレそうだけどな」
「ほんとよね」
「……おはよう。鳥山さん」
俺はもう訓練されているので、後ろからいきなり鳥山さんに話しかけられても、驚いて飛び上がることはしない。猫居は普通にビビってるけども。
しかし、二分もたなかったか。十秒だけでも逃げられただけ、自分を褒めてあげたい。
「猫居さん。野良猫を可愛がるのはいいけれど、色々大変だと思うわよ? もし繁殖したり、悪さしたりなんてことがあったら、すぐに保健所に連れていかれてしまうわ。あなたの行動は善意というよりも、少し身勝手で子供っぽいわがままと言えるわね。だから今日は私が猫になって、魚谷くんに甘えようと思うのよ。よいしょ」
前半は割としっかりしたセリフだったのに、中盤あたりで猫耳を付け始め、最後には四つん這いになったところで、あぁ結局いつもの鳥山さんだなぁとなった。
「あ、あんた、なにしとんの」
「にゃお~ん!」
「ひっ……」
猫居がドン引きしている。そりゃそうだ。俺はとっくに馴れてるけど、いきなり女子高生が猫耳つけて四つん這いになったら、驚かないわけがない、
「魚谷くん! 撫でてほしいニャ!」
「猫居に撫でてもらったらいいんじゃない」
「あんな野良猫触った手で、触られたくないわよ」
「めちゃくちゃ酷いこと言ってるけど、大丈夫?」
「猫は別に汚くないわ! ほら魚谷! 嗅いでくれん!?」
「……」
仕方なく俺は、猫居の手のひらの匂いを嗅いだ。
……まぁ確かに、臭くはないけど。
「あぁ~!! ズルいわよ猫居さん! 私も自分の手のひらの匂いの粒を魚谷くんの肺に取り込んでもらいたい!」
「そういう話はしてないよ?」
「あんたは猫を侮辱しとる。この子たちだって、好きで野良猫やっとるわけじゃないんだでね?」
「ふんっ。私は魚谷くんが好きよ」
何の脈絡も無いんですけど……。
「ちょっと触ってみたらいいがね。ほら」
「ややややめなさい。私、猫アレルギーなのよ」
「そうなんだ」
「そうよ。って、話しがだいぶ脱線してるわね! 今日は魚谷くんに、猫として可愛がってもらうまでは、絶対この場を離れないんだから!」
「可愛がるって……。何をすれば?」
「まず、頭を撫でなさい」
猫居が、本当にやるの? みたいな目を向けてきているが……。やります。やるまで帰らせてくれないから。
見方を変えれば、こんな美少女の髪の毛を、合法的に 撫でることができるのだから、素晴らしい朝だと思う。そう自分を納得させることで、俺は日々ストレスと戦っている。
「にゃあ……。幸せね」
「……あんた、随分手馴れとるがね」
「いや……。そうかな」
「ちょっと、こっちも撫でてみてよ」
「あぁうん」
俺は一旦、鳥山さんから離れ、猫居の頭を撫でた。
すると、猫居の顔が真っ赤になった。
「ち、違う! この子を撫でろってことだわ!」
「あ、あぁなるほどな? すまんすまん」
俺は慌てて、猫の方を撫で始める。
心地よさそうに喉を鳴らしているので、どうやら満足みたいだ。
「……魚谷くん。妻の前で、他の女とイチャつくとは。なかなか勇気があるのね」
「いや、猫居の言い方も悪いだろ。こっち、じゃなくて、この子って最初から言ってくれれば、こんな勘違いしなかったし」
「ウチのせいにしんといてよ……」
「あぁもう! なによそのちょっぴり乙女チックな照れ顔は! ムカつくわね……。猫居さんみたいな童顔じゃないとできない表情だわ」
確かに、鳥山さんみたいな、大人っぽい見た目の美少女には、できないかもな……。
「ほら魚谷くん! そんな小娘のことはどうでもいいから、私の頭を撫でなさいよ! それが終わったら、今度は脇に手を差し込んで、体をググっと、持ち上げてほしいのよね……」
「それはやめとこう?」
「猫っていったらあのポーズじゃない! これをやらずして、何が猫なのよ! 私を猫にしたくないの!?」
「あんまり大きい声で変なこと言わないでね?」
今更注意したって遅いだろうけどさ。
とりあえず、鳥山さんの頭を撫で続ける。
……猫居が、じっとこっちを見つめてくるんだけど。
「……猫居。どうした?」
「別に……?」
「ふふん。素直になりなさい猫居さん。魚谷くんに、脇を持って、持ち上げられたいんでしょう?」
「そ、そっちじゃないわ!」
「え? じゃあどっち?」
「うっ……」
確かに、猫居くらいの身長なら、持ち上げられるだろうけど……。どう考えてもセクハラなんだよな。
「……別に、勘違いせんでほしいんだけど」
「うん?」
「ウチ、背が低いから……。背が高い人の景色を、見てみたいと思ったことも、何回かある」
「なるほど」
「だから……。魚谷に、持ち上げてもらっても、別にいいけど」
「いや、そこの倉庫に脚立があるから、それを使えばいいんじゃないか?」
「魚谷くん」
鳥山さんが、ゆっくりと立ち上がり、猫耳を外した。
「私の愛する人が、そこまで鈍感だと、さすがに切なくなるわよ」
「……どういう意味?」
「はぁ。理解力がう○こなのね本当に」
「汚い例えしないでよ」
「猫居さん。今日は仕方ないから助けてあげるわ」
「……」
「あの、鳥山さん?」
「魚谷くん。もし彼女の脇を持ち上げてあげたら……。彼女に猫カフェのチケットをあげようと思うの」
なんかそればっかりだな……。
そろそろ猫カフェの人も怒るだろ。毎回無料券で入る客なんて。
「し、仕方なくだわ! 猫カフェのチケットのためだでね!?」
「わかってるよ……。ほら、こっち来て」
「うっ……。はい」
猫居の脇に手を差し込み、持ち上げた。
想像よりもさらに軽い。昔から全然変わらないな……。
なんて思っていたら、いきなりシャッター音が響いた。
「……弱み、ゲットだぜ!」
鳥山さんが、ガッツポーズをしている。
「鳥山さん……。最悪だよ?」
「ふんっ。今日は譲ってあげたんだから、このくらいの見返りは、求めたってバチがあたらないと思うわよ。じゃあね」
「え?ちょっと?」
鳥山さんは行ってしまった。
「猫居。降ろすぞ」
「待って。まだ……」
「猫が、まだかって顔してこっち見てるから」
「……まだ」
そんなに高いところの景色が気に入ったのだろうか。
結局猫居は、二十分近く、降りようとしなかった。
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