第34話 曲名は……。魚谷くんにキッスエンドクライ
「あなたがおこ~ったり~!な~いたり~!こ~えすら~!」
「ご機嫌だね」
音楽の授業中です。俺は鳥山さんに捕まって、みんなが静かに授業を受けている中、ちょっと離れたところにある合唱台に立たされているけども。
「まずは喉の運動からするわよ。ごほんっ。……あ~魚谷くん好き好き好き好き好き好き好き」
「それ喉の運動になってる?」
「なってるわよ!!!」
……普段から、脈絡無く叫ぶ人だし、あんまり準備とか必要ないのかもな。
「魚谷くんもほら。魚谷蘭華って言いなさい。二十回」
「嫌だよ」
「何でよ。相変わらず意味わかんないわね」
「席に戻らない?授業中だし」
「あのね。大学受験に音楽という科目はないのだから、この時間ってすっごく無駄なのよ」
めちゃくちゃ失礼なこと言い出したんだけど。そんなことないですよ?音楽関係の方々、本当に申し訳ございません。
「魚谷くんは、音楽って聴くかしら?」
「唐突だな……。うん。人並みには聴くよ」
「そう。だったらアレをやるわよアレを」
「アレ?」
鳥山さんがカバンから、スマホとイヤホンを取り出した。授業中ですよ!委員長!
そして、おもむろにイヤホンを耳につけ……。もう片方を、俺に手渡してくる。
「よくあるでしょう?一つのイヤホンを二人で分け合うっていうシチュエーション!」
「あるけど……。やるの?」
「甘いわね。私をみくびらないでくれるかしら」
「みくびってはいないですけど……」
「ほら、とりあえずつけなさい」
俺が左耳、鳥山さんが右耳にイヤホンを付けている状態になった。
「さて、じゃあ……」
すると、カバンからもう一つイヤホンを取り出して……。それを左耳につけ、また片方を俺に手渡してくる。
「いや、鳥山さん。それ、何にも刺さってないじゃん」
「そうよ?」
平然としてる……。怖い物なんてないんだろうな。この人には。
結果、二つのイヤホンを分け合う形になったのだが。二つ目のイヤホンは、全く意味を成していない。
「じゃあ、音楽を流すわね?」
「うん……」
鳥山さんがスマホを操作すると……。誰かの話し声が聞こえた。
『ん?どうしたんだよ加恋。こんな時間に』
『あ、よかった兄さん。ちょうど布団で横になっているところでしたね』
『なんかあったのか?すごい挙動不審だけど』
『な、ななななですよ?』
『落ち着け。どうした』
『実はその……。掛け布団をですね。体にかけてほしくて』
『ん……?』
『へ、変だとは思うんですが!お腹が冷えるといけないので!』
『あぁうん……』
「って、しまったわ!これは魚谷くんが掛け布団を体にかける時の音の収録を、加恋ちゃんにお願いした時の音声じゃない!ごめんなさい魚谷くん!盛大なミスを犯したわ!」
……そのわりには、件の音が流れるまで、堂々と流し続けてましたね。
「なによその目は……。別にいいでしょう?インターホンの音に使ってるのよこれ」
「気づけないでしょ」
「いいえ。私が魚谷くんの放つ音を、聞き逃すわけがないじゃない」
「そうですか……」
「じゃあ気を取り直して……。こっちよこっち」
『歌います。作詞、鳥山蘭華。作曲、鳥山蘭華。曲名は……。魚谷くんにキッスエンドクライ』
……大丈夫か?
『君にキッス!私にキッス!キスの数だけハートが溢れちゃう!空にキッス!地面にキッス!あなたの香りが残ってる~!!!』
俺は静かにイヤホンを外した。
「ちょっと!?まだ曲は始まったばかりじゃない!あと二時間もあるのに」
「映画じゃないんだから。あのさ鳥山さん……。恥ずかしくない?こういうの、本人に聴かれて」
「確かにちょっぴり恥ずかしいわね。歌はそこまで自信がないから」
「そこじゃないって」
「いいから!続きを聞きなさい!」
「……」
『時計の針を見つめると、いつもため息が出ちゃう。君と私が同じだけ、古くなっていくんだなって。だけど私はあなたの古い角質を食べるドクターフィッシュになって、過去のあなたも愛するの』
「いや無理ですごめんなさい」
「だぁ~!」
だぁ~!って。
「き!き!な!さ!い!」
「嫌です……」
「……はぁ。早く魚谷くんが、私の愛を全部受け止められるようになってほしいわね」
「精進します」
「でも、サビだけは聴いてちょうだい。このもう一つのイヤホンが、ようやく活躍できるのよ」
すると鳥山さんは、もう一つスマホを取り出して、宙ぶらりんになっていたイヤホンの端子をそこへ刺した。
「準備はいいかしら?ブチ上がるわよ」
準備……。俺は警戒態勢に入った。
『あ~箸を洗わないで~。私が綺麗に~』
『綺麗に~』
『するから~』
……もう片方のイヤホンから、コーラスみたいなものが聞こえてくる。
『下着は洗濯かごじゃなくて、私の部屋まで~』
『部屋まで~』
『あぁそれはあなたに飲ませる睡眠薬だから~』
『見ないでぇ~』
「……」
「どうよ」
「よくそんな顔できるね」
「そうなの。私、顔には自信があるのよね。恵まれた容姿に産んでくれた両親に感謝したいわ!」
鳥山さんのお父さん、お母さん。
……もう少しだけでいいから、娘さんに、人間としての常識を教えてあげてほしかったです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます