第33話 あんた、いつまで手を握っとんの。

「はい。合格よ。通りなさい」


 朝、教室に入ろうとしたところ、鳥山さんが入り口の前に立っていた。


「何してんの鳥山さん」

「おはよう魚谷くん。今日も私の好意を蔑ろにしそうな顔してるわね」

「どんな顔?」

「でも大丈夫よ。私、そうやって魚谷くんが、私のことを蔑んだり、見下したりする表情で、パン五枚はいけるから」


 普通こういう時って、ご飯で例えない?


「それ、何持ってるの」


 鳥山さんはさっきから、教室に入ろうとする生徒一人一人のおでこに、謎の機械で光を当てていた。見たところ、体温計には見えないし……。


「これはね。魚谷くんへの好意チェックマシーンなのよ。もし、魚谷くんへの好意の値が高ければ、警告音が鳴るようになっているわ」

「……また妙なことを」

「妙なことって何よ!だって、魚谷くんがもし仮に他の女の子に取られちゃったら……。私一体、何人の人を殺めることになるか、わからないもの」

「……そうですか」

「一応、魚谷くんにもやっておくわね」


 当然反応はなかった。これで鳴ったら、自分大好き人間ということになってしまうので、危ないところだったな。


「兄さん!!!!」

「えっ、なんで加恋がここに?」


 突然加恋が、廊下の向こうから走ってきた。息を切らしている。


「これ、今日が提出期限のプリントです。机の上に置きっぱなしでしたよ?」

「あぁ。わざわざありがとう」


 朝、家で書いて、そのまま置いてきてしまうというあるある。加恋が中等部の生徒でよかった……。


「加恋ちゃん!ちょうどいいところにきたわね。こちらにいらっしゃい?」

「……嫌です」


 警戒した様子の加恋が、俺の後ろに隠れた。


「あぁ~その顔よ!もう!兄妹揃って、同じ目で私を蔑んでくれちゃうのね!最高!」


 多分、俺たちだけじゃなくて、周りの生徒たちも、だいたい似たような目で、鳥山さんを見ていると思うんだけどな……。


「でもね加恋ちゃん!私は将来、あなたのお姉さんになる人なのだから、今のうちに仲良くなっておいた方が、色々楽だと思うけれど……」

「兄さん……。鳥山さんと結婚するんですか?」

「してるのよ」

「とりあえず、私はこれで。授業があるので」


 俺の発言が一切挟まれることなく、会話が強制終了した。


「待ちなさい!おらぁ!」


 鳥山さんが、逃げようとした加恋を、回り込んで止め、なおかつ抱きしめた。ここまでの動作に、多分一秒かかっていない。やっぱり人ではない何かだと思います。


「きゃ、きゃあ!兄さん助けて!」

「大丈夫よ……。ちょっと匂いを……。じゃなかったわ。おでこを出してくれるだけでいいの!」

「嫌です!何をするつもりですか!」

「暴れないで!こらっ!魚谷くん!元気な妹さんね!」

「ははっ。早く済ませてあげてくれる?可哀そうだから」

「そうね……。よいしょっ」


 鳥山さんが、加恋のおでこに光を当てた瞬間……。


 ものすごい音が鳴り始めた。耳を塞がないと、危険なレベルの爆音。


「う、す、すごいわね」


 慌てて光を止めた鳥山さんは、耳を数回叩いて、聞こえるかどうか確かめた。加恋は……。固まっている。


「ば、ば……」

「ごめんね?加恋ちゃん。まさかそんなにとは」

「もう嫌です……。帰らせてください」

「う、魚谷くん!加恋ちゃんが泣いちゃったじゃないの!なんとかしなさい!」

「……」


 俺は俺で、まさか加恋が、これほど俺に対して好意的な感情を持っていたとは思わなくて、顔が赤くなってしまった。


 被害者の加恋は、鳥山さんを目いっぱい睨みつけた後、駆け足で去って行った。


「これね?多少の好意では反応しないように作ってあるのよ。私基準に合わせてあるから……。魚谷くん、まさか加恋ちゃんと、そういう関係じゃないわよね?」

「血のつながった兄妹だからね」


 一昔前のラノベであった「実は義妹でした!」展開は、残念ながら存在しないのである。


「……あんたたち、何をまた騒いどるの」


 今度は猫居が登場した。


 すぐに鳥山さんが、説明も無く、猫居のおでこに光を当てる。


 ……音は、ならなかった。


 なんだろう。一応幼馴染だから、期待しなかったと言えば嘘になる。


「意外ね。猫居さんは、私や加恋ちゃんほどではないにしても、比較的大きな音が鳴ると思ったのに」

「……なにがぁ」

「これは、魚谷くんへの好意を測る機械なのよ。もし好意があれば、さっきみたいな音がなる仕組みになっているわ」

「壊れとんじゃないの?」

「いいえ。だって」


 鳥山さんは、自分のおでこに光を当てた。


 耳が壊れるくらいの爆音。近くで何かが爆発したのか。そう思うくらい、衝撃を伴う音が、襲い掛かってきた。


 ガラスにヒビが入っている。何人かの生徒が、衝撃派に耐え切れず、尻もちをついていた。俺と猫居も、その被害者の一員だ。


「……ね?」

「ね?じゃないよ。事件じゃんこんなの」

「し、知らないわよ!あなたへの好意が強すぎるから、こうなったのよ!?あなたが悪いってことじゃない!」

「……」


 猫居の手を取って、立ち上がらせた。


「大丈夫か?猫居」

「あ、だ。うん……」


 そんな猫居に、また鳥山さんが光を当てた。


「……あっ。微かに聞こえる」


 確かに、ものすごく小さい音が出ているような気がする。それは、今彼女の手を取って、助けたからだろう。


「おかしいわね……」


 鳥山さんが首をかしげていた。


「あんた、いつまで手を握っとんの」

「あぁすまん」

「な、ちょっと目を離した隙に、魚谷マイレージを貯めてるじゃない!ズルいわよ!」

「なにそれ……」


 その後、俺たちは、廊下の掃除で、一日を消化することになった……。


 ☆ ☆ ☆


【放課後 鳥山自宅】


「……壊れて、ないわよね?」


「じゃあもしかして、猫居さんの、魚谷くんに対する好意が……。強すぎて、内部のメーターを一周してしまったっていうの?」


「握力計が一周してしまって、謝って低い値で計測されてしまう。よくある漫画のキャラクターのような……」


「猫居さん……。きっと、脅威になるわね」

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