第32話 大好き好き好き魚谷くん!好きが溢れるあああ!!

「ピピ~~!!!魚谷くん大好き警報発令中!ピピ~!!!!」


 聞いて驚くなかれ。授業中である。


 クラスメイトの視線を浴びながら、鳥山さんが俺の席にやってきた。


「さっき魚谷くん、頬杖をついたでしょう?もうその横顔が最高なのよ」

「鳥山さんの位置から、俺の横顔って、見えなくないか?」

「そうね。カメラ2の映像よ」

「え?」

「なんでもないわ。そんなことより魚谷くん!あなたの横顔が素敵すぎて、魚谷くん大好き警報が発令されてしまったじゃない!!!」


 もう一度言おう。授業中だ。が、クラスメイトは諦めているし、先生も、黒板に大きな字で、自習中と書いた。鳥山蘭華という暴君の前では、誰も無力なのである。


「何その、魚谷くん大好き警報って」

「私が魚谷くんの仕草や言動に興奮し、きゅんとすると発令される警報よ」

「……」

「ピピ~!!!魚谷くん大好き警報発令中!今の困ったような表情も素敵よ!」

「あの、さっきの警報がまだ解除されてないから、改めて警報出す必要ないんじゃない?」

「細かいことはいいのよ!!!」

「あと、今更だけど、授業中です」

「それがどうかしたの?」


 無敵だった。


「魚谷くん。本当に何をしててもかっこいいのがいけないのよ?警報鳴りっぱなしじゃない」

「そうですか。あの、席に座ったらどう?」

「そうね」


 当然のように、俺の机に上に座った鳥山さん。化け物だと思う。


「魚谷くん。ほら、もっとキュンとくるやつちょうだいよ」

「そんなこと言われてもさ……」

「あ、じゃあ、頬杖ついて、窓際に視線を向けて?」

「でも、それやったら、またあのうるさい警報出すんでしょ?」

「うるさい警報ってなによ。警報なんだから、人に聞こえるくらいの音量じゃないと、意味がないでしょう?」


 微妙に正論言ってるのが腹立つな。その警報自体の存在について、話題が向かわない以上、鳥山さんは負けることなんてないだろう。


 仕方なく俺は、鳥山さんの言った通りのポーズを取ることにした。


「ピピ~!!!魚谷くん大好き警報発令中!」

「自分でその歪なセリフを吐いてて、違和感とか無いの?」

「あはは。ないわよ」


 笑ってるんですけど。


「じゃあねじゃあね?次は、教科書に線を引いてほしいの。ほら」


 丁寧に蛍光ペンまで渡されてしまった。


「いや、俺はあんまり、教科書に線を引くのとか、好きじゃないんだよ」

「そう言うと思って、新しい教科書を用意したわ。たくさん引いてちょうだい」

「もったいないことするよね……」

「そうなのよ。世の中の教科書たちのほとんどが、魚谷くんに触れることなくいずれ廃棄されることを考えると、胸が痛むわよ」

「そんな話してないんだけど」

「うるさいわね。さっさと引きなさいよ」


 適当に開いたページに、線を引いていく。


「ピピ~!!!魚谷くん大好き警報発令中!線を引くときのこの、この!腕の角度!たまらないわね!黄金比とはこれのことを言うのよ!」


 数学者たちに謝ってほしい。


 線を引き終わった教科書を手渡すと、大事そうに胸に抱きしめた。サイン貰った野球少年じゃないんだからさ……。


「さぁ~て。次はどうしようかしらねぇ。あっ……。こ、これは!」


 鳥山さんが、急に頭を抱え、唸り始めた。薬物をやられてるのかな?


「う、うううう!!!きたあああああ!!!ハイパー魚谷くん大好きウルトラ警報よ!!!!」

「……ふぅ」


 とりあえず、息を吐いて、心を落ち着けることに集中した。


「魚谷くん。私の手を握って」

「嫌です」

「握れ」

「嫌だって。こんなに大勢が……」


 見てるのに。そう言おうとしたが、見事なまでに、みんなこちらから目を逸らしていた。助けてくれよ。


「いいから握りなさい!簡単でしょう!?手を伸ばす、掴む!たった2ステップじゃない!どうしてそれができないのよ!」

「2ステップで終わるならいいけどね。その後何をされるのか、わからないから」

「……傷つくわ。ただ本当に、手を握ってほしいだけなのに」

「うっ……」


 美少女の切ない表情は、胸に刺さる。


「……わかったよ。握るから」

「ういいい!!!はよせいや兄ちゃん!」

「どんなキャラしてんの……」


 俺は鳥山さんの手を握った。とても柔らかくて、ドキッと……。


「どっか~~~ん!!!!ハイパー魚谷くん大好きウルトラ警報!!!!発!令!中!!!ちゅど~~ん!!!大好き好き好き魚谷くん!好きが溢れるあああ!!」


 尿検査を受けた方が良いのではないかと、心から思った。


「ふぅ……。ふぅ……。や、やばいわね。これよこれ。あなたと手を繋ぐのは初めてではないけれど、何度も警報級の攻撃を受けて、体力が消耗された状態でのこれは……。やばいわ本当に。ヤバイ。やばすぎよ」


 語彙力がなさすぎる。本当に全教科満点取ったのかなこの人。


「ありがとう魚谷くん。最高の時間だったわ。これで三百年は生きることができるはずよ」

「そうですか。お大事にしてください」

「お待たせ先生。授業を再開してちょうだい」


 鳥山さんのメンタルの強さだけは、人に誇るべきステータスだなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る