第31話 私の言うこと聞いてくれるなら、毎日パンチラ見放題サービスを提供するのに!

「え~っと~……。魚谷くん。ちょっといいかな?」

「あっはい」


 教室に入ろうとしたところ、国語の担当教師の虎杖いたどり先生が話しかけてきた。


 ……鳥山さん以外の人に、学校で話しかけられるのは久しぶりだな。猫居はだいたい、最近は猫カフェに入り浸ってるし。


「えっとその……。魚谷くんと私の結婚式を盛り上げよう部?の、顧問なんだけどね?私」

「虎杖先生だったんですね」


 お気の毒に。


 先生は短めに切りそろえた髪を、クルクルと指に巻きながら、モジモジしている。何か言いにくい話題なのだろうか。


「その、やっぱり私には、向いてないんじゃないかなぁって、鳥山さんに伝えてほしくって」

「それは無理ですね」

「え、えぇっ。どうして?」

「そんなことを聞き入れてくれる人だったら、そもそもあんな部活、作りませんよ」


 なんて、苦笑いしながら言ったところで、背後から冷気を感じた。


「と、鳥山さん……」


 人殺しの目をした鳥山さんが、俺を睨みつけていた。


 あ、今日が俺の命日かな?


「……魚谷くん。今、あんな部活って言ったわよね」

「おはよう鳥山さん。俺の遺灰は海に巻いてくれ」

「何言ってるの。全部水に溶かして飲むに決まってるじゃない」

「……」

「それはさておき!良い度胸ね魚谷くん!教室の前で、先制と堂々と私の悪口を言い合うだなんて!」

「違うの鳥山さん!これは私が悪くて」

「そうね!先生が全部悪いわ!魚谷くんは被害者よ!」

「ええぇ~!?」


 酷い展開になってしまった。とりあえず、廊下はあまりに人目につくので、適当な空き教室へ移動。


「なんでやめたいなんて言うのよ虎杖先生。まだ私たち、一回も活動していないのに」

「だからだよ。活動してからやめるだなんて言い出したら、迷惑がかかるでしょう?」

「理由を言いなさい!理由を!」

「鳥山さん……。虎杖先生が怯えてるから、あんまり大きい声を出すのはやめてあげてくれないか?」

「なによ!魚谷くんはそっちの味方なのね!二対一は卑怯だから、私は弁護士を味方につけることにするわ!」

「究極の手段を初手で使わないでよ」


 とりあえず鳥山さんをなだめ、虎杖先生の事情を聞くことにした。


「私、今年二十九歳なの。でも、今まで一度だって、彼氏ができたことないし、三次元よりも二次元の男の子の方が好きだし、そもそもあんまり男女の恋愛に興味ないなぁっていうか、男の子同士の恋愛が好きで、あの」

「私知ってるわ。こういう人のことを、腐女子っていうのよね」

「あんまり本人の前では言わないけどね」


 虎杖先生がダメージを受けた顔をしている。


「だからね?その……。結婚とか、そういうの、全然詳しくないし、向いてないと思うの。この部活の顧問」

「それは全く心配いらないわよ。私と魚谷くんの結婚を盛り上げるだけの部活だもの。結婚の知識なんて必要ないわ?そもそも私と魚谷くんは、もう結婚しているわけだし」

「えっ、そうなの?」

「違いますよ」

「もう照れちゃって!素直に認めなさいよ!そろそろ私が、魚谷蘭華と名乗る日も近いのに。そしたらね?来年のクラス替えでは、魚谷魚谷で、席が隣になる可能性だってあるのよ!かぁ~たまらないわね!虎杖先生!その辺りの調整は頼むわよ?失敗したらクビだからね!」


 中世の貴族くらいわがままだな。この人。


「鳥山さん。虎杖先生にもやりたいこととかあるだろうしさ……。あんまり拘束するのは良くないんじゃないかな」

「別に、強制参加にはしないわよ。顧問なんだから、たまに顔を覗かせるくらいでもいいわ?」

「……うん」

「なんだかイマイチ、返事が中途半端なのよねぇ……。仕方ないわ。じゃあ、これでどうかしら」


 鳥山さんがカバンから取り出した……。同人誌のようなものを見て、虎杖先生の目が変わった。


「そ、それは!イチモツ先生の新作、俺の棒でお前のゴールを貫きたい!じゃない!」


 どんなタイトルだよ。


「ふふふ。私たちの卒業まで、顧問を続けてくれるのなら、この本は無料で差し上げるわ?」

「む、無料!?それ、プレ値がついてて、ヤ○オクでも十万超えは確定の商品なのに!」

「さぁ。選びなさい。どうするの?」

「顧問続けます!続けさせて!あとその本早く読ませて!」

「よろしい」

「ありがとうございます!!!!」


 ……二十九歳の教師が、高校二年生に土下座をするところを見てしまった。


「う、腐腐腐っ……。やったぁ……」


 虎杖先生が、口から涎を垂らしながら、あまりよろしくない表情になっている。


「ふっ。猫居といい、虎杖先生といい……。世の中金に勝るものは無いと、改めて思い知らされたわ。魚谷くんも、早く私に堕ちるべきなのよ」

「……ないかな」

「なんでよ!私の言うこと聞いてくれるなら、毎日パンチラ見放題サービスを提供するのに!」

「興味ないかな……」

「ぱ、パンチラに興味が無い……?あなた本当に男子なの?」


 男子なら全員パンチラに興味があるという偏見は、一体どこから来たのだろか……。


「じゃ、じゃあ私、これでちょっと……。あ、これをちょっと読んでくるから、今日はこの辺で……」


 虎杖先生が、気になる言い間違いをしつつ、去って行った……。いやあの、これから一限、ありますよね?あれ?


「虎杖先生が去ったわね。ということは……。今日の一限は、私が担当することが確定したわ!」


 俺は保健室で、休むことにした。

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