第29話 魚谷くんと私は結婚していて、妊娠三か月ですって言いなさいよ!

「おはよう鳥山さん」


 今日も登校すると、鳥山さんが俺の席に座っていた。


 ……返事が無いな。眠ってるのか?


「お~い。鳥山さ――えっ」


 鳥山さんの、目のハイライトが消えていた。


「嘘つき」

「え?」

「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘――」

「あの、保健室行こうか?」

「そうね。あなたを保健室送りにしてあげるわ!!!」


 な、なんだこの殺気は。俺、何かしたか?


 そこでふと、机の上に、本が乗せられていることに気が付いた。


 ……何々。ヤンデレ研究本?


「見たわねえええ!!!!!」

「いやもうそれはホラーだから」


 いきなり掴みかかってくる鳥山さんを、俺は何とか宥めた。


「そうなのよ。ちょっとヤンデレを練習しておこうかなと思って」


 急に元の様子に戻った鳥山さんに、俺は安堵した。


「良かった。鳥山さんはそうやって、ちょっと怒ってるくらいがちょうどいいよ」

「今私、全く怒ってないんですけど!?」

「それそれ」


 にしても、なんで急にヤンデレなんか……。めちゃくちゃ時代遅れじゃないか?


「私はね。思ったのよ。今は魚谷くんと婚約しているけれど、いつ何が起きて、関係にヒビが入ってしまうかわからないから……。もしもの時のために、ヤンデレができないようじゃ困るわよねぇって」

「一応伝えておくけど、逆効果だよ」

「そうかしら。でも、一つの萌えの文化として根付いているということは、需要があるずなのよ」

「そうだけどさ……。俺はあんまり好きじゃないかな。どっちかって言うと、もっと謙虚にというか……。好意はひっそりと伝えてくれた方が良いなって思う」

「なるほど。私みたいな女の子じゃない」

「どこが?」

「かっち~ん!もう許さないわ!」


 こうやって……。週間湯沸かし器みたいに、すぐ頭から煙を出さないような人がいい。


「見てよ魚谷くん。私頑張ったの。目のハイライトを消す技……。ほら」


 もはや人間技とは思えない。カメレオンか何かですか?


「ただね。ヤンデレをやる上で、一つ難しいところを発見してしまったのよ」

「へぇ……。あの、一限の予習をしたいから、そこを退いてくれると助かるんだけど」

「表へ出ろっていいたいわけ!?」

「そんな古風な喧嘩の誘い方しないよ」

「無理ね。今日は私、魚谷くんのお尻成分をまだ椅子から吸収しきれていないもの。よくあるでしょう?セーブ中は電源を切らないでくださいっていう警告」


 あるけども……。どうやら退く気がないらしいので、諦めて空いている隣の席に座った。


「あとヤンデレと言えば……。これよね」


 鳥山さんが取り出したのは、藁人形だった。


「それはもう、ヤンデレっていうよりは、ホラーじゃないかな……」

「今みたいに、自分の好きな人が思い通りに動いてくれない案件が発生したときに、こうして写真を張り付けて、木に釘で打ち付けるのよね」

「めちゃくちゃ身勝手な使い方しようとしてるじゃん」


 そんなことで呪われたら、たまったもんじゃない。


「ヤンデレは奥が深いわ。私、基本的にポジティブな人間だから、やっぱりうまくいかないわね」

「うん。だからやめた方が」

「ポジティブだから諦めることはしないのよ!さぁ魚谷くん捕まえたわ?」

「えっ、あっ」


 気が付くと俺は、椅子に拘束されていた。なんだこの手際の良さは。


「さぁ~て。どんな風に調理してあげようかしらぁ」


 ヤンデレっていうか、ただの変態だった。しっかり目のハイライトだけは消えている。


「魚谷くん、助けてほしいわよね?」

「そうだね。ついに予習する手段すら奪われてしまってるから」

「じゃあ、私と結婚してますって、十回言って?」

「……ここで?」

「ここで」

「大勢のクラスメイトが、視線を送ってますけど」

「知ってるわよ」

「……」

「できないの!?」

「うっ」


 ものすごい至近距離で叫ばれたせいで、耳がキーンとなった。あと、唾がすごい。


「できないってことは、私のこと嫌いなのね。あぁそうなんだ嫌いなんだ!嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」

「その、同じ言葉を連呼したら、ヤンデレっぽくなるかもみたいな、安直な行動やめない?」

「バレたわね。でも、これ以外の方法でヤンデレを表現しようとすると、死体が増えることになってしまうわ」

「怖いって」

「ほら早く。魚谷くんと私は結婚していて、妊娠三か月ですって言いなさいよ!」

「色々倫理的にアウトすぎるでしょ」


 絶対学校で発言するわけにはいかないセリフだ。


「はぁ……。もう疲れちゃったわ。この目、意外と体力使うのよ?」

「うん。やめたら?」

「そうだわ。次は魚谷くんもハイライトを消して、監禁一か月が経過して、共依存の状態に突入したカップルを演じてみるのはどうかしら!」


 共依存のカップルを演じる……?


「鳥山さん。色々考えすぎて、おかしくなってるんだと思うよ」

「そうよ!あなたのことで脳みそがパンパン!そのうち破裂するわね!その時はあなたが責任を取るのよ?」

「いや……」

「取!る!の!」

「はい……」


 ヤンデレとか以前に、この人は普通にしていても、有無を言わせない圧がある。


 改めてそう認識させられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る