第28話 私の贈り物を、魚谷くんが身に着けてくれるの……。ぐへへ。

「おはよう魚谷くん!」

「うわあああ!!!!」


 鼻をかみたくて、個室のトイレットペーパーを使おうとしたところ……。鳥山さんが待ち構えていた。


「情けないわね!大きな声を出して!」

「そりゃあビックリするでしょ!逆の立場になって考えてみてよ!」

「逆の立場……。そうね。その時は私、個室であることを利用して、魚谷くんをめちゃくちゃにすると思うわよ」


 相手が悪かったようだ。


 とりあえず俺は、ドアを閉めて、個室トイレを……。


 逃げようとしたところで、鳥山さんの手が伸びてきて、捕まえられた。花子さんかな?


「待ちなさいよ。どうして私が、魚谷くんの選ぶ個室を当てることができたのか、訊くべきじゃないかしら」

「多分、どうして鳥山さんがここにいるのかを訊くべきだと思うよ?」

「そんなことはどうでもいいのよ。で、あなたの考えを聞かせて欲しいわね。シンキングタイムは十秒。当てられなかったら、あそこに脱いである上履きの匂いをかがせてもらうわ」


 トイレには、スリッパに履き替えてから入る必要がある。入口付近に置いてある俺の上履きを指差した鳥山さんは、不敵な笑みを浮かべた。


 ……俺に、鳥山さんの異常な思考の理由を考える能力は無く、無情にも十秒経ち。


「んはぁ……。最高ね。これよこれ。行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」


 人の上履きを嗅ぎながら、一句詠んだのは、おそらく鳥山さんが人類で初めてだと思う。色んな人に謝ってほしい。


「正解はね。まずこの個室トイレそれぞれの匂いを嗅ぐ。そして、今日おそらく魚谷くんは、毎休み時間ここに来て鼻をかんでいると思ったから、匂いが一番強く残っている個室に入る可能性が高い……。よって、入り口から三番目のここが選ばれたというわけね。でも難しかったわよ?今日は七時間授業で、一番目が二回、二番目が一回、三番目が三回っていう、そこそこばらけた感じで魚谷くんは個室を使っていたから、特に一番目との嗅ぎ分けが難しかったわね……。あっ、回数は逆算よ?匂いの濃度で判断したの」


 スラスラと……。よくまぁこんな異常なセリフが出てくるなぁ。もうそれこそ詩集とか作ったらいいのに。コアなファンが買ってくれそう。


「えっと、それで……。鼻をかみたいんですけど」

「待ちなさいよ。トレペーは肌に悪いわ」

「トイレットペーパーを、トレペーって略す人初めて見たんだけど」

「ほら、これを使いなさい」

「ありがとう」


 鳥山さんから、ティッシュを一枚もらった。はぁ……。ようやく鼻がかめたよ。鼻水が垂れてきたらどうしようかと。


「じゃあ、俺はこれで」

「待ちなさい。まさかその宝石を、ゴミ箱に捨てる気じゃないでしょうね」

「……宝石?」

「あなたが手に持ってるじゃない!ほら!テカテカと光っている!」


 どうやら、俺が鼻をかんだティッシュのことを言っているみたいだ。


「さすがに汚いからやめよう?」

「あなたのような、身勝手な人間がこの地球には多すぎるわ!そうやって何の気なしに捨てたゴミが、地球温暖化を加速させるのよ!?今こうして、私たちが会話している間にも、南極の氷が溶けて、領土が沈む危機に直面している国があるっていうのに!!!!」


 なんかA〇ジャパンみたいなこと言い出したんだけど。


「何か勘違いしているみたいだけど、食べるとか、舐めるとかはしないわよ?サンプルとして保管するだけ。たまに匂いを嗅ぐことはあるかもしれないけど」

「……」


 とりあえずこの場から立ち去りたかったので、俺は仕方なく、ティッシュを鳥山さんに渡した。それを大事そうに、アタッシュケースに収納する。大げさすぎるでしょ……。


「今日もいい仕事しちゃったわね……」

「じゃあ、もういいかな。帰っても」

「あなた、本当に考えが甘いのね。せっかく魚谷くんが風邪で苦しんでいるチャンスなのに、簡単に帰すわけないじゃない!」

「まだなんかあるんですか……?」

「ふふ。これよ」


 鳥山さんが取り出したのは、こしょうと、ビニール袋だった。


「それがどうかしたの?」

「ちょっと、こっちに来なさい」

「……嫌です」

「上履き、トイレに流しちゃうわよ?」

「それはただのいじめじゃない?」

「いいえ。これの十倍の値段がする上履きを買い替えてあげるから、いじめではないわ!」

「それ、鳥山さんに何のメリットがあるの」

「私の贈り物を、魚谷くんが身に着けてくれるの……。ぐへへ」


 完全に、ちょっと愛情表現に失敗してるアイドルファンみたいになってますけど。


「とはいっても、こんなに良い匂いがするアロマを捨てるのは、罰当たりな気がするから、やっぱり捨てるんじゃなくて、没収することにするわ」

「……」

「嫌だったら、こっちに来なさい」

「わかったよ……」


 個室に閉じ込められないように、半身の体勢になりながら、鳥山さんに近づいた。


 その瞬間、鳥山さんが、手に持っていたこしょうを振りまき始めた!


 マズい……、くしゃみが。


「はっ……。はっくしょん!」

「もらったぁ!!!!」


 手でくしゃみを抑えようと思ったのに、それを鳥山さんに塞がれた。


 そして、鳥山さんは、素早い動きで、まだこしょうのまっている空気を、ビニールで集め始めたのだ。


「な、なにしてるの?」

「魚谷くんのくしゃみ……。頂いちゃいました!」


 ……うわぁ。


「ありがとう魚谷くん。今日は盛りだくさんだわ。まずは鼻をかんだティッシュ。次にくしゃみ。それから上履き」

「上履きはあげないって」

「二億でどうかしら」

「野球選手の年俸じゃないんだから」

「チッ」


 なんとか、上履きだけは返してもらった俺だが……。精神的には、深い傷を負った放課後だった。

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