第27話 死ぬか、キスか。簡単な二択よ?

 鳥山さんが休み。


 その可能性に気が付いたのは、まず家を出た時。


 待ち伏せしているはずの鳥山さんがおらず。


 いやいやでも、学校で普通に待ち構えているんだろうな。そう思って登校したところ……。来てない。


 このころにはもうちょっとテンションが上がっていた。台風で学校が休みになる子供の気分だった。


 職員室に行き、担任に尋ねる。鳥山さんは、欠席するみたいだよ……。


「やったぁ~!!!!!」


 教師たちに怪訝そうな表情を向けられても、俺はビビらなかった。多幸感が勝ったのだ。




 てなわけで!久々に鳥山さんに絡まれない学校生活を送ることができる俺。席に座り、普段はしない予習なんかにも手を出し始める。一限から全力全開だ。もう誰も俺を止めることはできない。なんなら今日は俺が号令をしてしまおうか。そんな気持ちをぐっと抑え、静かに席で、黙々と教科書を読みこむ。


 やがて、一限目の始業を告げるチャイムが鳴った。俺は背筋を伸ばし、教師が入って来るのを待つ。


 ……遅いな。一限の国語の先生は、いつも結構早めに来る印象なのに。


 そう思っていたら、ドアが開いた。


「いやぁ~。遅れちゃったわね。それじゃあ授業を始めるわよ?魚谷くん。号令」


 ……は?


 なんで、鳥山さんがスーツを着て、教壇に?


「聞こえないのかしら!廊下に立たせるわよ!?」


 困惑したクラスメイトが、鳥山さんと……。俺を交互に見る。いや、俺は関係ないんだ。勘弁してくれ。


「と、鳥山さん。欠席なんじゃ」

「生徒としての鳥山蘭華は欠席よ……。でも!教師鳥山蘭華は、バリバリ出席だわ!午前三時には出勤していたもの!」


 泥棒の出没時間なのよ。


 とりあえず、混乱する頭を無理やり動かし、号令をかけた。


「元気が無いわね……。魚谷くん!やる気がないのかしら!」


 しかもスパルタ教師だ……。めんどくさ。


「良い?みんなにも伝えておくわよ。ワンフォーオール。オールフォーワン。これが世の中の原則なの。ノートに書いておいて?」


 ……国語の時間に飛び出す名言じゃないでしょ。


「あの、鳥山さん……。これは」

「鳥山先生ね」

「鳥山先生」

「質問をする時は挙手!」


 あぁもういいやめんどくさい……。しばらく流れを見守ることにしよう。


「じゃあ、早速今日取り扱うプリントを配るわよ……。あ、教科書はしまいなさい。あんなもの読んでいても、頭はよくならないから」


 困惑した様子のクラスメイトを他所に、プリントを配り始める鳥山さん。


 ……って、これは。


 ――あの日記の一部じゃないか。


「鳥山さん、さすがにこれは」

「次、ルールを破って発言したら、体罰確定よ」


 2020年の教師とは思えない発言だ。怖いから、ちゃんと次からは挙手することにしよう。


「まず一行目から行くわね。鳥山蘭華というヒロインが、主人公の魚谷愛也の制服のズボンのポケットに鼻を突っ込んで、香りを楽しみながら、サンドイッチを頬張るシーンよ」


 ……登場人物の名前に、配慮が全く無い。俺はどんな顔をして、ここに座っていればいいんだろう。


 あ、シチュエーションに関してはツッコまないからな。いちいちそれをしていたら、多分二億年かかるから。


「じゃあ……。魚谷くん!」

「はい」

「ここでの、ヒロインの鳥山さんの心境を答えてちょうだい」

「……心境ですか」

「そうよ」

「わかりません……」

「じゃあ、試しにやってみましょう」

「え」


 鳥山さんが、教卓からサンドイッチを取り出した。いつの間に仕込んでたんだそんなもの……。


「魚谷くん。ポケット」

「……どうぞ」

「いただきます……」


 プリントの一行目の描写と同じく、ポケットの匂いを嗅ぎながら、サンドイッチを頬張っている鳥山さん。僅か二十秒程度で、普通サイズのサンドイッチを食べ終わった。


「……ごちそうさまでした。それじゃあ二行目に行くわよ」


 ……あの、心境は?


 そもそも、俺が心境を答えるのに、鳥山さんが再現したところで、意味がないだろう。そんなツッコミも許さないほど、テンポの早い授業だった。


「サンドイッチを食べ終わった鳥山蘭華は、次にこう言うわ。あぁお腹いっぱい。でも、お腹は満たされても、心は空っぽのままなの。これを満たしてくれるのは、あなたの口づけしかないわ……。良いセリフね」


 サンドイッチを食べたばかりの口で、キスしようとするのか……。


「じゃあ、はい魚谷くん」

「なんですか」

「キスするわよ」

「……いや、さすがに」

「教師に逆らうつもり!?命知らずね!」

「うわっ」


 すごい速さでチョークが飛んできた。どんな精度してるんだよ。当たったら間違いなく怪我をしていたレベルだ。


「さすがにこの程度の弾丸は避けられるわね」

「弾丸って言っちゃってるじゃん」

「死ぬか、キスか。簡単な二択よ?センター試験だったら四択だもの。ね?こんなに解きやすい問題って無いと思うわ?」


 鳥山さんが近づいてくる。俺は立ち上がり、後ずさりした。


「授業中に席を立つなんて……。やっぱりあなた、良い度胸してるわね。さすが私の惚れた男よ!」


 どんどん逃げ道が無くなってくる。外に出ることもできるが、廊下という広いフィールドでは、おそらく鳥山さんの超人的な身体能力に勝てない。


「鳥山さん。君はもう忘れているかもしれないけど、確か委員長を務めているよね?」

「だから、今日の私は、教師鳥山蘭華なのよ?」

「その設定無敵すぎない?」

「いいから。大人しく、私の男になりなさい」

「教師のセリフとは思えないんだけど……」

「だ~~~~~!!!」


 痺れを切らした鳥山さんが、急に距離を詰めてきた!


 まずい……。このままだと捕まる!


 俺はとっさに、すぐそばにあった黒板消しを持って、顔面を防いだ。


 そこへ、鳥山さんが突進してきて……。


「……ぶはっ」


 チョークの粉が舞う。びったりと、黒板消しの跡がついた鳥山さんが、こちらを睨みつけていた。


「……やってくれるじゃない。私の存在そのものを、消そうってわけね?」


 うまいこと言いました!みたいな顔をされたが、大してうまくもない。


「じゃあ、授業に戻るわよ」


 ……助かった、のか?


「魚谷くん、人前なら、せっかく軽度の体罰で済んだのに……。放課後、大人の体罰をしてあげるから、楽しみにしていなさいよ?」


 真っ白の顔で、鳥山さんが言った。


 俺はその日、バレないように早退して、事なきを得た。

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