第26話 魚谷くんのカバンを被って世界一周旅行~!
「ミュージシャンになるわ」
「また唐突な……」
登校しようとしたところ、俺を待ち伏せしていた鳥山さんが、今日は背中にギターを背負っていた。
「唐突?呆れるわね!人生はいつだって、唐突なのよ?それを恐れていては、何も行動なんてできないわ?」
「鳥山さんは、もう少しくらい色々恐れても、バチが当たらないと思うよ」
「あぁ~やかましいわ。敗北者の囀りが聞こえる!」
「……」
「でも安心しなさい。私が立派なミュージシャンになって、あなたを幸せにするから!」
急にダメなバンドマンの彼氏みたいなこと言い出したぞ……。
「ちなみに、楽器の経験は?」
「ないわね。でも関係ないわ。挑戦しようと決めたその日から、成功することは決まるのよ」
「何その名言みたいな虚言」
「だぁ~もう!わかったわよ!見せるから!公園に行きましょう!」
ナチュラルに遅刻が確定してしまった。余計なことは言うもんじゃないね。
ベンチに座り、それっぽくギターを構える鳥山さんは……。まぁ、美人だから、様にはなっているけれど。
「いくわよ」
「いや、弾けないでしょ?」
「見てなさいって。わんっ、つー」
おばさんみたいなテンポの取り方をした鳥山さんが……。ギターを叩き始めた。
「あぁ~魚谷くん大好き~!!!好き好き大好き愛してる~!!!魚谷くんのカバンを被って世界一周旅行~!!」
「ちょ、ちょっといいですか?」
「止めないでよ!人が気持ちよく歌ってるのに!」
「見ている側がすごく気持ち悪いから。ツッコミが待機列に並んじゃってるんだよ」
「……これがのちに、ギターを止めるな!として映画化される、主人公の物語の一部になるなんてね」
「妙なモノローグ入れないでくれる?」
まだ待機列のツッコミを消化していないのに、横入りを許してしまった。
「あの、ギター弾いてる人を見たことあるよね?」
「あるわよ。でも、私は常識に囚われたような音楽はしたくないの」
口調だけは立派に、ちょっとイタいバンドマンになりきれてるな……。
「あと、その歌は何?」
「タイトルは……。魚谷タイムラバーよ」
「なんか聞いたことあるけど」
「魚谷マジョリティーと迷ったのよ」
「……」
「だいたい!魚谷くんも素人じゃない!私の音楽の何がわかるっていうの!?」
「音楽以前に、社会を生き抜く常識が欠けてるんだって」
「言うじゃない。でも私は、社会のルールに縛られるつもりはないわ。音楽で世界に羽ばたくもの」
決まった……。みたいな顔されても。
「まずはその……。軽くでもいいから、弾けるように練習したら?今ならインターネットで、基礎的なことは学べるだろうし」
「ふっ……。インターネットには、頼らないって決めてるの」
「じゃあ本屋に」
「うるさいわねぇ!ギターで殴るわよ!?」
「死ぬって」
普通に鈍器だよ。そんなの。
「……あなたへの愛を、表現したいのよ。わかって?」
「そういう言い方はズルいでしょ」
「あなたを舐めまわしたいわ」
「どうしてそうなっちゃった?」
「そうよ!この気持ちを歌にすればいいんだわ!」
「あの」
「お口はチャックマン!いいわね?」
お口はチャックマン……?
「いっちにいさんしっ……ご~ろくっ」
酷いリズム感。それでも鳥山さんは、めげずにギターを叩き始めた。
「魚谷くんの舐めたいところ~!足!脇!み!み!の!う!ら!あぁ~うなじも良いけど首筋も~。たまにはひっそりくるぶしカリカリっ!」
「……」
「……くるぶしカリカリは、さすがにキモかったかしら」
鳥山さんが頬を赤く染めた。恥じらいのポイントがバグってるでしょ。
「ミュージシャンへの道は厳しいわね……。このリズム感をどうにかしないことには、前に進めないわ。私昔から、唯一の汚点がここだったのよ」
よく普通の会話に戻れるよな……。
「リズム感は練習でなんとかなりそうだけどね」
「じゃあ、私が「す」って言うから、魚谷くんは「き」って言って。これでリズム感を身に付けましょう?」
「言葉は別のモノにできない?」
「き、す。とか?」
「他は?」
「ら、ぶ」
「他」
「けっ、こん」
「……」
「文句ばっかりじゃない!本当に私のバンドで、ドラマーをやるつもりがあるの?」
「えっ。無いよ。何急にそれ」
「じゃあもう、うんっ、たんっ。でいいわよ。これで行きましょう」
「待って。ドラマー事件が未解決だから」
鳥山さんがため息をついた。その、こいつ話がわかんねぇなぁ……。みたいな顔、本当にやめてほしい。
「私がギターを弾くでしょう?その途中でこっそり、後ろでドラムを叩いている魚谷くんに……。視線を送るのよ!どう?」
「素敵なシチュエーションだと思うけど、なぜか鳥山さんもギターを叩いてる絵しか浮かばない」
「なんでよ!」
申し訳ないけど、ものすごく間抜けな構図が見えて、笑ってしまった。
「しょうがないわね……。魚谷くんがそこまで言うなら、私もドラマーになるわ。ダブルドラマー体制で行きましょう」
「聞いたこと無いよそんなバンド」
「ダブルドラマーダブルボーカルデュエットコンビよ」
「忙しすぎるでしょ」
~後日~
「魚谷くん!見て!」
……鳥山さんが、ティンパニを二つ持って、家にやって来た。
「これならストリートミュージシャンも目指せるわ!一緒にっ」
俺はドアを閉めた。
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