第25話 合計三人の魚谷くんが、この世に存在しているということになるわね。

「魚谷くんが一人!魚谷くんが二人!」


 ……呪いかな?


 さすがにこれは、職務質問案件だろう。公園のベンチで、スマホをブンブン振りながら、大きな声で騒ぐ女子高生。


「あっ!魚谷くん!」


 見つかってしまった……。


 逃げられるとも思えないので、俺は素直に、鳥山さんの元へ向かった。


「な、何してるの?」

「見てわからないかしら?」


 いつものごとく、半ギレで質問されたが、これでわかったら天才だ。


「あれ?なんかLI〇Eの連絡先を交換するやつ」

「周りに誰もいないじゃない。そもそも私、あなたと加恋ちゃんの連絡先しか必要無いもの」


 せめて家族の連絡先くらい入れたらどうなんだろう……。


「これよ」


 鳥山さんのスマホの画面には……。俺が映し出されていた。


 ただの俺じゃない。風呂上り、上半身は裸で、タオルを首に巻いている写真だ。


「……犯罪でしょ」

「いいえ?甘いわね。これは加恋ちゃんに撮ってもらったものよ」

「加恋……」

「ふふっ。彼女は私の日記に虜のようね」


 完全に調略されてしまってるな……。家に帰ったら、説教してやらないと。


「うん。まぁそれはもう仕方ないとして。それを顔の前で振って、何をしてたのかな」

「魚谷くんが増えるのよ」

「……?」

「はぁ~。あなたって、本当に話をちゃんと聞いているのか、疑わしくなるわ。一回で理解しなさいよ!それとも何?私と会話する回数を増やしたいってわけ!?照れるわねぇ!あ~照れる!ラブラブカップルじゃないそんなの!」


 子供たちが砂場で遊ぼうとして、やってきたが、鳥山さんを見て逃げ出した。本能が判断したんだと思う。この人はヤバいって。


「俺が増えるって、何?」

「だから……。こうしてスマホを振ると……。ほら!」


 どうやら、残像で俺が増えると言いたいらしい。


「これが楽しくて仕方ないのよ!今はスマホの画面に二人、現実に一人……。合計三人の魚谷くんが、この世に存在しているということになるわね」

「ならないよ」

「なるのよ!」


 怖すぎる……。今日の鳥山さんは、一段と目が飛んでいた。


「あ、あの……。帰ってもいいかな」

「いいわけないじゃない。あんぽんたんね」

「……」

「せっかくだから、現実の魚谷くんも増やすわよ」

「何するつもり?」

「そんなに身構えなくてもいいわ。簡単よ。このスマホみたいに、私の前で、短い距離の高速移動を繰り返すの」

「人の技じゃないでしょ」

「できないの?ほら」


 ……鳥山さんが、目の前で高速移動を披露してくれた。


 できてるんだけど。やっぱりこの人、人間じゃないよな。


「それは鳥山さんにしかできないから」

「情けないわね……。将来私たちの子供に、パパの方が運動神経が悪いんだね~!って、バカにされてもいいの!?」

「そもそも結婚しないから」

「次結婚しないとか言ったら、鼓膜破るわよ」

「攻撃方法が女子高生じゃないんだって」


 本当に俺のことが好きなのか、疑わしくなる時がある。


「はぁもう。じゃあいいわ。こんな時のために、もう一つ、魚谷くんを増やす方法を考えているの」


 鳥山さんが、急に後ろを向いた。


「魚谷くん、こっちに来て」


 言われた通り移動。


「良い?私が前を振り替える間に、逆側から、元の位置に戻るの。そしたら私は、さっきまで視界にいた魚谷くんを、もう一度見ることができるわ。この動きを繰り返すと……。なんと、魚谷くんが二人いることになるのよ!」


 一体普段、どんな生活をしていたら、そんなことが思いつくのだろう。


「行くわよ?」


 鳥山さんが、前を向き始めた。俺はすかさず、元の位置へ。


「……すごいわね。これが2020年よ」

「科学の無い時代の発想だけどね」

「もう一回」


 今度は後ろへ。


「これはいいわ。あと二時間はやってられるわね」

「やってられないよ」

「この動きを繰り返しながら、スマホを振れば……。魚谷くんが四人!?テニスのダブルスができるじゃない!」


 スマホの俺が実体化している前提なのは、怖いから触れないことにした。


「あのさ、首痛めるよ?」

「大丈夫よ。鍛えてるから」

「首を……?」

「だって、後ろに魚谷くんの気配を察知したら、いつでも振り返ることができるように、準備しておかないといけないでしょ?そのために普段から鍛えてるの」

「もっと他の部分を鍛えたらいいのに……」

「あなたね……。私は女の子らしいボディがウリなの。魚谷くん好みのデカパイ女子よ!」


 女子高生が、デカパイとか言わないでほしいんだよな……。


「でも、これでようやく四人なのよね。もっと増やせないかしら」

「もういいでしょ」

「スマホの数を増やせば、いくらでも魚谷くんを増やすことができるけど……。できれば現実の魚谷くんを増やしたいのよね」

「これ以上は無理なんじゃない」

「あっ。方法みーつけた」


 サイコパスが、獲物を見つけた時の、「みーつけた」だったよ完全に。


「魚谷くん。これから、十分前の魚谷くんを演じることって、できるわよね?」

「……何言ってんの?」

「わからないの?全くもう……。だから、この公園に来る前の魚谷くんよ」

「いや、ごめん。マジで何言ってるの鳥山さん」

「どーん!」

「うわっ!」


 鳥山さんが、いきなり体当たりしてきた。普通の体当たりではなく、胸を思いっきりぶつけてくる形だ。確かな柔らかさとともに、その重量のせいで、俺は吹き飛ばされた。


「次は胸で窒息させるわよ。いいわね?」

「……」

「つまり、さっきの魚谷増殖方を応用して、私の視点が切り替わるたびに、魚谷くんが十分前の魚谷くんを演じてくれれば、一人ずつ増えていく計算になるでしょう?」

「そうだね……」


 まだ全然理解できなかったが、理解したフリをしておかないと、あの暴力おっぱいで窒息死させられてしまうので、適当に答えておいた。


「じゃあ、行くわよ」


 鳥山さんの首の移動に合わせて、俺も移動。


「……えっと。あ~。この花は綺麗だなぁ」


 そしてまた移動。


「今日も授業疲れたなぁ」


 移動。


「帰りの会、長いなぁ」


 ……。


「……」

「どうしたのかしら魚谷くん」

「限界です」

「えぇ。構わないわ。続けて頂戴」


 ……サイコパス、


「こんなことでへこたれてもらっては困るのよ!次は私が、魚谷愛也という別人格を、自分の体の中に作り出すしか、方法がなくなってしまうもの!」


 一つ。わかったことがある。


 恐怖っていう感情に、限界は無いんだなって。

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