第23話 私のことは、お姉ちゃんって呼んでくれないと怒るわよ?

「……なるほど、この人が、鳥山蘭華さんですか」

「あれ。話したことあったっけ」

「例のノートを書いた人ですよね」

「あぁ……」


 そう言えば、名前書いてあったな。あの地獄のノート。


 結局加恋は、最後の巻まで全部読み切ったらしい。本人は読んでいないというが、読んでいないなら借りる意味がわからないので、少々苦しい言い訳だと思う。


「はっっっ!!!!」


 噂をすれば何とやら、鳥山さんが復活した。


「いっけないわ私としたことが。布団に入ったら魚谷くんの匂いが濃すぎて、意識を失ってしまったじゃない!どうしてくれっっっ……?」


 いきなり鳥山さんに視線を向けられた加恋が、引きつった表情をしている。


「……あなた、もしかしてだけど、魚谷くんの妹さん?」

「そうですけど……」

「きゃあああああ!!!本物じゃない!やっぱりそうよね!?顔の造形が何となく魚谷くんにそっくりだと思ったのよ!」

「あ、はぁ……」


 鳥山さんが、加恋の手を強引に握った。握手というよりは、攻撃に近い。


「すごく肌触りがいいわね……。この手で、私のノートを読んでくれたの?」

「読んでません!借りただけです!」

「は、はぁ?なによそれ!読みなさいよ!」

「読んでたまりますか!あんなエッチな小説!」

「読んでるじゃない!」

「読んでません!」


 不毛すぎる争いが行われている隙に、俺は布団にもぐりこんだ。どうやら二人は忘れてしまっているようだが、俺は絶賛寝込み中なのである。


「鳥山さん!あなた普段から、私の兄にちょっかいをかけてるんですか!?」

「ちょっかい?いいえ違うわ。私たちは結婚しているんだもの。全ての行動が共同作業。そう……。毎日がハッピーウェディングなのよ!」

「意味がわかりません……。あの、兄が迷惑そうにしているので、帰ってもらっていいですか?」

「迷惑?あなた魚谷くんの意見も聞いてないのに、勝手に決めつけないでちょうだい!ねぇ魚谷くん!私って迷惑じゃないわよね!うんそうだよ迷惑じゃないよ!ありがとう!ほら言わんこっちゃない!魚谷くんは私の味方よ!」


 一人で何をずっと喋ってるんだろうこの人……。


「加恋、鳥山さんは手遅れだから、要求をできるだけ飲む方向でないと、解決しないぞ」

「なんですかそれ……。まるでクレーマーじゃないですか……」

「だ~れがクレーマーよ!名誉棄損で訴えるわ!」


 そういうところだよ。


「あのね加恋ちゃん。さっきも言ったとおり、私と魚谷くんは、もう結婚してるの。だから……。私のことは、お姉ちゃんって呼んでくれないと怒るわよ?」

「呼ぶわけないじゃないですか……」

「なんでよ!」

「こんな人が姉になるくらいなら……。私は家を出ますよ」

「どうしよう魚谷くん!めちゃくちゃ嫌われてるじゃない!さてはあなた、私の良くない噂を流したわね!?」


 家では鳥山さんの話をしたことなんて、一度も無い。それこそノートの貸し借りの時くらいだ。


 ……あんなノートを読ませておいて、それでも好かれようとするあたり、鳥山さんらしいと思う。


「困ったわね……。私、加恋ちゃんには、笑顔が眩しい清らかな乙女っていう第一印象を与えようと思っていたのに……。これ、もしかして、失敗してるんじゃないかしら」

「もしかしなくても、失敗してますよ」

「くそっ!フ〇ック!マ〇ーファッカー!!!」

「あの、そろそろ帰ってもらえますか?私も学校に行かないといけないので」

「……お姉ちゃんって呼んで」

「嫌です」

「呼びなさい!」

「嫌です」

「仕方ないわね……。じゃあ、奥の手を使うしかないわ」


 鳥山さんが、不敵な笑みを浮かべた。まさか、黒服を使って、強引にお姉ちゃんと言わせる作戦か……?


「こないだ私が貸したノート、現状の最新だって伝えたけど、実は今、ちょうど執筆中のものがあるのよ」

「……!」


 加恋の耳が、ピクリと反応した。完全に読んでる人の反応速度でしたけど……。


「それがどうかしましたか?」

「もし、加恋ちゃんが、私のことをお姉ちゃんって呼んでくれるのなら……。貸してあげるわ。特典SS付きでね?」


 ライトノベルかよ。


 ……中身的には、フランス書院くらい直接的な描写もあったけどね。


「卑怯者ですね……。あ、いえ。私は読んでないので、別に構いませんよ」

「ふっふっふ。そんな演技で、誤魔化せると思ったのかしら!あなたさては……。ムッツリスケベね!?」

「違います!」

「認めなさいよ!ね?魚谷くん!加恋ちゃんはムッツリよね!ね!なんで無視するのよ!沈黙は肯定と捉えるわよ!?」


 どうでもいいので、黙ることにした。


「私はムッツリではないです!」

「スケベの方を否定しないと、結局そっちは認めてることになるわよ?」

「……スケベじゃありません!」

「いいセリフね……。はい、いただきました」


 また録音してるなこの人……。


「で、どうするのよ。私をお姉ちゃんって呼ぶだけで、常に最新刊を無料で読むことができるのよ!?こんなお得なサービス、世界中どこを探したってみつかりはしないわ!」

「……わかりました。呼びます」


 加恋、敗北。


 うちの妹、こんなに意思が弱い子じゃないんだけどな……。鳥山さんの圧力勝ちかぁ。


「じゃあじゃあ……。えっと、大きめの囁き声でいただきたいわねぇ。録音機器を近づけさせてもらうわよ」


 鳥山さんがカバンを開けると、そこそこデカいマイクと、ノートパソコンが入っていた。二つはそれぞれ繋がれてる。完全に録音中だが、それを悪びれる様子も無い。


「さぁ。いつでもどうぞ?」


 加恋が、マイクに口を近づけ……。


「……お姉ちゃん」


 消え入りそうな声で呟いた。


 俺ですら、お兄ちゃんと呼ばれたことがないのに。


「……魚谷くん!こんな破壊力のある兵器を家に置いておくなんて、法律違反よ!今日から加恋ちゃんは私の家で育てます!」

「勘弁してください……」


 疲れ切った表情の加恋が、天井を見上げた。

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