第22話 あぁ、盗聴器を仕掛けてあるのよ。
「ゴホッゴホッ……」
「大丈夫ですか?兄さん。私はそろそろ学校に行くので。くれぐれも安静に」
「あぁ……。ありがとう加恋」
完璧に風邪を引いた。理由は色々考えられるけど、多分、日ごろから鳥山さんの精神的攻撃を受けているせいで、免疫が低下したんだと思う。
昨日の夜が一番酷くて、薬を飲んで寝たらだいぶマシになったけど……。それでも結構しんどい。
「ピンポンピンポンピンポンピンポ――ン!!」
……幻聴かな?
インターホンという、現代人が誇るべきアイテムに頼らず、大きな声でピンポンと叫ぶ音が聞こえる。
そしてその声は、多分鳥山さんのものだった。
「ピンポン鳥山よ!!!開けなさい!!」
ピンポン鳥山、芸人さんかな?
重たい体を引きずりながら、俺は玄関に向かった。
「おはよう魚谷くん!これ、差し入れよ」
「ありがとう……」
鳥山さんから手渡された、コンビニのビニール袋には、スポーツ系の飲み物や、栄養ドリンク、さらには冷えピタまで入れられていた。
……って、あれ?
「鳥山さん、なんで俺が風邪を引いてるってわかったの?」
「あぁ、盗聴器を仕掛けてあるのよ」
「堂々と宣言したね」
「探しても無駄よ?このためにわざわざロシアから専門チームを呼んで、依頼したんだから!全く、お金をかけさせてくれたわねぇ!その分しっかり、独り言を披露してよ!?」
内容はともかく、声が頭に響く。また熱がぶり返しそうだ……。
「ごめん鳥山さん。今日はツッコミをする元気ないからさ。できれば帰ってもらって……」
「何を言ってるのよこのあんぽんたん。私から、看病シチュエーションのチャンスを奪おうっていうの?」
「何もしないことが一番の看病だよ」
「何もしないで、そばに座っていれば良いって言いたいのね!?うひゃ~!たまんねぇこと言ってくれるじゃない魚谷くん!早速部屋にレッツゴー!」
鳥山さんに腕を引っ張られ、俺の部屋に連行された。まさか、自分の部屋に連行されるなんてフレーズを使う日が来るなんて。
「お望みどおり、何もしないわ。ただじーっと顔を見つめてあげる!」
……まぁ、そのくらいならいいか。
俺は目を閉じて、眠っていればいいのだから。
「ねぇ魚谷くん」
「なに?」
目を閉じようとしたところで話しかけられた。
「風邪ってことは、キスをして治せばいいんじゃないかしら」
「……勘弁してよ」
「あるいは性行為ね」
「生々しいこと言わないでくれる?」
「だって、男の子の家に、可憐な女の子一人で来たんだもの……。意識しないって言ったら、嘘になるじゃない」
可憐な女の子……。ではないだろ。
「聞いたこと無いよ。看病イベントからR18シーンに突入するパターンなんて」
「冗談よ。私たちはまだ、高校生だもの。そういうのは、大人になってからよね?へへっ」
「へへって」
「魚谷くん。背中を拭いてあげるわ。汗をかいているでしょう?」
汗は汗でも、冷や汗だけどな。
「いや、大丈夫。まだ朝だし、さっき着替えたばかりだから」
「……やっぱり魚谷くんは、人を思いやる気持ちが全くないのね」
「え?」
「脱いだ服を、私が買い取るに決まってるじゃない!!!」
……怖い怖い。
また嫌な感じの汗をかかされてしまった。
「よく考えて魚谷くん。私は魚谷くんの体液が染み込んだ布を手に入れることができる。そして魚谷くんは、私に上裸姿を見せつけることができるのよ!まさにウィンウィンの関係と呼べるんじゃないかしら!」
「俺が大差で負けてると思うよ」
「じゃあわかったわよ!私も脱げって言うのね!?」
「言わないよ!……ゴホッ!」
「ちょっと、大丈夫?」
鳥山さんが背中を擦ってくれた。いつも思うけど、感情のスイッチの切り替えが早すぎませんかね?
「どうやら本格的にやばそうじゃない。私としたことが、目の前に弱ってる獲物がいたから、野生のスイッチが入ってしまっていたわ。今からは人間よ。安心しなさい」
発言がいちいち怖い。妙に理屈を述べてくるあたりとか。あと、目がマジなのよ。目が。
「それにしても、弱ってる魚谷くんは美味しそうよね」
「人間スイッチは?」
「うるさいわね。理性とギリギリの戦いを繰り広げている私を、もっと応援しなさいよ!」
「帰ってくれればそれで良いんだけど……」
「だって!私が風邪を引いても、あなたは看病しに来てくれないでしょう?だから、看病イベントはできるだけ消化しておきたいのよ!」
「知らないよ」
「……あっ。そうだわ!ちょっと布団にお邪魔するわよ?」
鳥山さんが、自然な動作で布団にもぐりこんできた。そして、なかなかの距離感で、こちらを見つめてくる。
「目が怖いんだけど。鳥山さん」
「私も看病されればいいんじゃないかって」
「え?」
「ごほんごほん!あ~魚谷くん!風邪引いちゃったみたい!背中を拭いて欲しいおじやをあ~んさせてほしいハグしてほしい!」
……この人、まじか。
「人間性を疑うんだけど」
「だって、ズルいじゃない。私だって看病されたいのよ!」
「今までで一番理不尽で、自分勝手なキレ方してるけど大丈夫?」
「心配いらないわ。揉め事はお金で解決できるもの」
「……はぁ」
「……すぅ」
「え?」
寝息が聞こえる……。
目の前にいる鳥山さんが、急に目を閉じた。
「と、鳥山さん?」
まず、頬を突いてみる。つぎに、鼻を摘まんだ。それでも反応が無い。
「……この状況で、寝落ち?」
いやまさかそんな。会話の最中に寝落ちするなんてことがあるのか?
疑いながら、色々試してみたが、それでも鳥山さんは起きなかった。
まずいぞ。加恋が帰ってきたとき、なんて説明するんだよ。
そう思っていたら、玄関の鍵が開く音がした。
……え?
「ただいまです~。って……。ん?」
俺は慌てて部屋を出た。
「か、加恋。さっき家を出たばかりだよな。どうした?」
「この靴は、兄さんのものですか?」
明らかに女性ものの靴を手に持ち、加恋が般若のような表情をしている。
……まずいことになっちゃいましたね?
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