第19話 じゃあ魚谷くんが去勢手術を受ければ問題ないわね?

「ユーチューバーになるわ私」

「……どうぞお好きに」

「協力しろって言ってんのよ!うりゃっ!」

「うわっ!?」


 適当に相槌を打ったら、拳が飛んできたぞ!?


 と、いうわけで、朝から攻撃的な鳥山さんに、優雅な読書タイムを破壊されたわけですが……。


 ……なんだって?ユーチューバー?


「これを見なさい」


 鳥山さんがスマホの画面に映し出したのは……。


 俺の寝顔だった。


「……え?」

「あ、間違えたわ。こっちよりもこっちの方がかっこいいのよ」

「鳥山さん?」

「だぁ!違う違う!間違えて魚谷くんの寝顔コレクションのフォルダを開いてしまって、自慢スイッチが入っちゃってるじゃない私!」


 盗撮なんですが。

 今更この程度の軽犯罪を咎めていたら、身が持たないので、見なかったことにさせていただきます。


「これよこれ!」

「あぁなるほどね」


 今度こそ画面に表示されたのは、夫婦のユーチューバーだった。


「それでね。この奥さんが先日、めでたく出産したのよ!」

「へぇ」

「魚谷くん。私たちの会話を、トリビアの泉だと勘違いしてるわよね?」

「何そのもさもさしたツッコミ」

「うおりゃっ!」

「わっ!だから危ないって!」


 今日の鳥山さんは好戦的だ。隙あらば殴ろうとしてくる。見たことないよこんな美少女で、物理攻撃を得意としてる人。


「私が言いたいのは、子供は三人欲しいわねってことなのよ!」

「えっ。そこに着地するの?」

「おっといけない。私ったら今日は勇み足。そうではなくてね?こうして夫婦のチャンネルが何年か仲良し動画を挙げていく過程の中で、子供が産まれ、成長する姿を見せる……。物語でいうところの、第二章的な盛り上がりがあるのよ!」

「言いたいことはわかるけど……。つまりなに。俺も参加しろって?」

「甘いわね考えが。魚谷くんの体操服の香りより甘い」


 ……なんで鳥山さんが、俺の体操服の匂いを知ってるのか。


 それに関しては、怖くて訊けなかった。


「まずは私が一人でユーチューバーデビューするのよ。そして高校を卒業するあたりで、魚谷くんが登場する。数年後に出産……。あぁ完璧!こんな最強の人生設計あるかしら!?」


 まぁ、勝手に一人でやってくれる分には、俺にとって特にデメリットも無いし、良いと思う。その卒業するあたりの時期に発生するスカウトさえ回避すればいいわけだから。


 問題を先送りにするとはこのことだな。でも仕方ない。


「良い案だと思うよ。ユーチューバー頑張ってね」

「えぇ。ところで魚谷くん。一本目の企画は、魚谷くんの服の匂い当てクイズにしようと思ってるんだけど」

「嫌だよ」

「拒否権があると思ってるのかしら。平民ごときに」

「どうしたの急に」

「今の私はユーチューバーよ!?有名人なんだから!一般人は大人しく指示に従いなさい!」


 聞いたことない。こんなイキり方。


 従うんですけどね。


 自分の着た服の匂いを嗅がれることは、精神的に結構くるものがあるけれど、それでも直接何かをされるよりはマシだ。


「まず、魚谷くんの服と、そうでない一般男性の服を四つほど用意する。もちろん種類は同じものね。そしてそれを私が順番に嗅いでいって、当てることができたら、魚谷くんにエッチなセリフを言ってもらう。これでよし!じゃあ早速屋上に」

「待って。最後のやつなに」

「最後?」

「エッチなセリフがどうとか、おっしゃってませんでした?」

「そうね。あぁでも安心してちょうだい。そこは動画にはしないから」

「……ちょっとさ、冷静になって、考えてみてほしいんだけど」

「はぁ?私はいつだって冷静よ!冷静沈着とは、私を表した四文字熟語とさえ言われているくらいなのだから!」


 傍若無人の間違いじゃないかな。


「鳥山さんのビジュアルがあれば、動画は伸びると思う。でも内容が、男子の服の匂いを嗅ぐとか……。逆効果なんじゃないかな。普通にメイク道具紹介とか、モーニングルーティンとかの方が、需要あると思うよ」

「発想が平凡ね。良い?今の時代、顔が可愛いだけのユーチューバーなんてうじゃうじゃいるの。芸能人も参入して、求められるレベルはどんどん高くなっているわ。ただの動画じゃ伸びるわけないじゃない。これだから素人は」

「いや、鳥山さんなら、芸能人と比較しても、ビジュアル面は決して負けてないと思うけどな」

「……え?」

「あ」


 鳥山さんの顔が、一瞬で真っ赤になった。


「な、な、なによそれ。私、わ、私が、あの……。私のその、私のこと……。可愛いと、思ってくれちゃってるわけ?」

「……」

「なんで黙るのよ!」


 めちゃくちゃ恥ずかしいセリフを言ったという自覚。その恥ずかしさが、一気に込み上げてきた。


「ごめん鳥山さん。俺、トイレに行ってくるから。この話はまた今度ということでいいかな」

「あっ。トイレね。ちょうどよかったわ。私も一緒に行く」

「……そういうのって、同姓同士でやるもんじゃない?」

「じゃあ魚谷くんが去勢手術を受ければ問題ないわね?」


 さっき顔を真っ赤にしてた美少女は、一体どこへ消えてしまったのかな?


「そうだわ!魚谷くんが女になっていく様子を動画にすれば、きっと伸びるわよ!」

「捕まるよ?」

「大丈夫よ!十三年くらいで刑務所から出られるわ!」


 すごい怖いこと言われた。


 結局俺は、トイレを諦めることに。膀胱、ごめんな……。

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