第18話 魚谷くんの体毛を枕にして眠ることができる日も近いわね!
「知らないわよ」
「……正直に言ってほしい」
「知らないって言ってるじゃない!どうして信じてくれないの!?」
顔を真っ赤にして怒る鳥山さん……。は、いつもの状況として。今回は少し、事情が違った。
俺の机の上に置いてある筆箱。なんの変哲もない筆箱だが、中に鉛筆が入っている。普段はシャーペンだが、授業中眠くなった時に、こっそり鉛筆を削ることで、眠気を覚ますという、なんとも言えない役割のために入っているこいつ。
……そんな三本の鉛筆全ての、削っていない側に、歯形がついてたのだ。
「幽霊の仕業よ!いや、現代では妖怪の仕業と言った方が良いかもしれないわね」
「それももはや現代とは言えない感じだけどね」
「いくら私でも、人の鉛筆を齧ることなんてしないわ!だいたい私が齧るのなら、そんな端っこの方ではなくて、あなたの手垢が付いている付近を齧りつくすに決まってるじゃない!」
「なるほど」
いや、なるほどじゃないわ。さらっと不気味なことを言われてしまった。
「わかったわ。それならば、きっとその鉛筆に残っているはずの、唾液の成分を調べましょう」
「いや、そこまでじゃないけどさ」
「いいえ!この私を犯人扱いした罪は重いわよ?絶対に許さないわ……」
まるで俺が、親でも殺したかのような目を向けられた。
かと言って、こんなことをするのは、鳥山さん以外考えられない。こうやって威圧的な態度を取れば、俺がおとなしく引くと思っているのではないだろうか。
「検査は私の部下にやらせるわ。今は一限と二限の間……。そうね。昼休みには結果が出るはずよ!」
鳥山さんが指パッチンをしたところ、黒服が五人現れた。そして、鳥山さんが俺の鉛筆を指差す。
黒服三人が、一本ずつ鉛筆を持ち出した。残りの二人必要なかったんじゃ……?
そんなこんなで、クラスメイトはざわつくし、視線は集まるしで、最悪である。
「楽しみね昼休みが。もし私が犯人じゃなかった場合、あなたどうするつもり?」
「……そりゃあ、そん時は」
「そうよね。体毛を一本手渡してもらうわよ」
「……」
「ふふふ……。あははは!!!回収した体毛は研究機関に手渡して、培養して増殖させるの……。魚谷くんの体毛を枕にして眠ることができる日も近いわね!」
はぁ。
でも、どう考えても鳥山さんしか犯人いないと思うんだけどなぁ……。
☆ ☆ ☆
「体毛をください!!!!」
昼休み、ところ変わって屋上。鳥山さんの華麗な土下座を見せられている。
「いや、あの。鑑定結果は?」
「あれはパフォーマンスよ。ああやってごねておけば、魚谷くんが下手に出るかと思ったの」
やっぱりそういう考え方だったか……。
「でも、あなたの鉛筆を三本も合法的に盗むことができたのは、かなりの成果と言って良いと思うわ」
どこが合法的なのか、説明を求めたかったが、土下座してる人に言うことじゃないだろう。
「もう、わかった。それは良いとして……。体毛は、鑑定結果が違った場合の話だよね?」
「そうよ。あれはデタラメの約束。でも……。自分で言ってて盛り上がってきてしまったの!あなたの体毛が欲しいわ!一本でいいの!一本あればきっと増やせるから!」
「鳥山さん。とりあえず頭を上げてよ……」
「上げないわよ!あなたが体毛をくれると言うまで、絶対に上げないわ!覚悟しなさい!このドS男!」
さて……。地獄ですが。どうしましょう。
髪の毛だったら、一本くらいあげてしまって、さっさと逃げ出したいところ。でもおそらく、わざわざ体毛だなんていう言い方をしているあたり……。そうでない部分のムダ毛のことを言っているんだろうな。
「鳥山家の令嬢、鳥山麗華が、人に土下座をしてまで頼み込んでいるのよ?これがどれだけすごいことかわかるかしら?」
「もう少しプライドを持とうよ」
「プライドなんて持っていたらね?人は成長しないのよ。常に自分が一番下だと思って苦労するの。これは私のお父様の言葉よ。努力をやめた時、人はすぐ脱落していく。逆に努力を続けていれば、最低でも現状維持ができる。大事なのは諦めないこと。だから体毛をください!」
「嫌だよ……」
「くそっ!!!!」
令嬢とは思えないほど、汚い言葉が飛び出した。
「じゃあ逆に訊くけど。鳥山さんだって、いきなり体毛をくれって言われたら、嫌じゃない?」
「私、剃ってるの全身」
「……」
「……興奮したわね?」
「してないよ」
そうなんだ……。とは思ってしまったけど。
「どうしてもあなたが体毛をくれないというのなら、強行策を取るしかないわ。その場合、あなたは体毛以上に大事な何かを失うことがあるかもしれない。体毛一本で自分を守ることができるのなら、それでいいと思わない?」
交渉の持って行き方が、完全に犯罪者のそれなんだよな……。
「……体毛って、すね毛でもいいの?」
「いいわよ。できるだけ長いものならば」
「じゃあ……。はい」
若干の痛みを感じつつ、俺はすね毛を一本抜いた。かなりプライドを損なったが、仕方ない。これで全てが終わるのなら、安い犠牲だ。
すぐに鳥山さんが起き上がり、俺の手から毛をひったくった。ジップロックに入れると、恍惚の表情でそれを眺めている。
「……毛ね」
「イルミネーション見る時の顔しないでよ」
「ところで魚谷くん。もし魚谷くんが、毛の生えてる女の子の方が好きなのだとしたら、今度から剃らないでおくことにするけれど、どうなのかしら」
「どうでもいいです……」
「どうでもいい!?あなた失礼ね!私のムダ毛ちゃんたちに謝りなさい!」
「はい。すいませんでした」
「わかればいいのよ」
鳥山さんと過ごす日々は、毎日のように最低を更新する。明日もきっと、最低だ!
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