第16話 あらかわいそう!私は魚谷くんの嫁になるのに!

「男の子って百合が好きなのよね?」

「え」

「これを見なさい」


 鳥山さんが手に持っているのは、某百合漫画雑誌だった。


「男に限った話じゃないと思うけど」

「じゃあ言い換えるわ。魚谷くんって、百合が好きなのよね?」

「人並みにはね」

「よ~し!やるわよ!」


 いつもどおり、突然デカい声を出した鳥山さんに若干怯えつつ。


「やるって、百合を?」

「そうなのよ!嫌だったら教えてちょうだい」

「嫌って言ったらどうなるのかな……」

「腰抜けるくらいのキスをかまして、動けなくしてやるわ!」


 せめて手足を縛るとかでしょ……。なんでそんなエロ広告のBLみたいな方法で拘束しようとしてるんだ。


「わかった。もうそれは受け入れるとして、誰と百合を」


 そこまで言いかけたところで、


「鳥山蘭華!来てやったけど!」


 凄い勢いで扉が開き、猫居が入って来た。やや興奮気味。


「よく来てくれたわね!猫居さん!さぁこっちに来て?」

「ん?なんであんたもおるの」

「いや……」

「まぁいいわ。そんなことより!鳥山さん!また猫カフェの無料券をくれるって話らしいがね!」


 あぁなるほどそういうことね……。哀れな猫居よ。


「もちろんよ。ただし!今回も条件があるわ!」

「なんでもするで!はよ頂戴!」

「言ったわね?なんでもする……。ふふっ!猫居さん!今日は私と、百合をしてもらうわよ!?」

「……百合?」


 鳥山さんが、ジリジリと猫居に近づいていく。


 猫居が怯えた表情で、後ずさりし始めた。


「あ、あんた。どういうこと。目が怖いけど」

「なんで逃げるのよ!」

「う、魚谷!ぼーっと見とらんで、助けてよ!」


 俺は無言で、首を横に振った。猫居が絶望したような表情に変わる。


「どうしたのよ猫居さん!無料券、欲しくないの!?」

「お、落ち着いてくれん!?ウチは女に興味は」

「黙って私に体を差し出せばいいのよ!どうせ堕ちるんだから!」

「ものすごい怖いこと言っとるよあんた!」

「魚谷くん見てなさい!これが百合よ!」

「えっ、んっ、~~!?」


 一瞬の出来事だった。


 ――猫居の唇が、変態クレームモンスターによって、奪われたのだ。


 見ていられないくらい、がっつりしたキス。これ、人前でするやつじゃないだろ……。


「……ぷはぁっ。猫居さん。あなたお昼に、カレーを食べたわね?すごくスパイスの効いた唾液の味がしたわよ」

「き、ききき、キモいこと言わんといてよ!」

「どうよ魚谷くん!これが百合!興奮したわよね!?」

「しないよ……」

「はぁ!?このあんぽんたん!百合の良さがわからないなんて、懲役三年よ!?」

「重すぎるでしょ」


 そして、猫居がどうやら腰を抜かしてしまったらしい。腰が抜けるほどのキス、マジでできるんだなこの人……。


「あらっ。猫居さんが動けなくなったわ!つまり何をしても良いってことよ!」

「う、魚谷、たすけ」

「うるさいわね!」


 今度は正面から、猫居を抱きしめる鳥山さん。対格差があるせいで、鳥山さんの大きな胸あたりに、ちょうど猫居の顔面が埋まる形になる。


「どうよ魚谷くん!百合の波動を感じるわよね!」


 残念ながら、変態が少女に襲いかかっているようにしか見えなかった。


「うん。あの、百合の良さは十分伝わったから、猫居を解放してあげてくれない?窒息しそうだから」

「大丈夫よ。AEDが廊下にあるもの」

「すごい怖いこと言ってるよ?」


 猫居もバタバタともがいているが、鳥山さんの力が強すぎて、全く抵抗できていなかった。


 数分間の拘束の後、ようやく解放された猫居は……。完全に心を破壊されていた。目のハイライトが消えている。


「大丈夫か猫居」

「……もうお嫁に行けんがね」

「あらかわいそう!私は魚谷くんの嫁になるのに!」

「サイコパスなの?」

「うぅ……。体が動かん」


 覚えておけ猫居。ただほど怖いものはないということだ。


 ……さて。猫居が戦闘不能になったわけだし、そろそろ解散かな。


「じゃあ、俺はこれで」

「待ちなさいよ」

「え?」

「まだあなたと百合してないじゃない」

「……なに言ってるの?」


 鳥山さんが、いつのまにか女子生徒用の制服を手に持っていた。


「これを着て、私と百合しましょう?」

「鳥山さん?」

「なにかしら魚谷くん!」

「なに考えてるの?」

「あなたのことだけ考えているに決まってるじゃない!何回も言わせないで!」

「……」

「ほら早く着なさい?頭かち割るわよ?」

「それ怖い人が言うやつだから」


 まさかのTS百合。これは百合愛好家にもボコボコにされそうな案件だし、なんとかして阻止しなければ。


 ……そう思っていたところで、ちょうど猫居と目が合った。


「猫居。動けるか?」

「……無理」


 無理、か。


 ……うん。


「鳥山さん。俺、もう少し鳥山さんと猫居の百合が見たいかもしれないなぁ」

「は」

「え?そうなの?」

「うん!あとできればさ、俺の方をチラチラ見ながらじゃなくて、猫居のことだけを見つめながらの百合の方が好みかもしれない」

「あ、あんた、なにを」


 俺は猫居の口を塞いだ。


「魚谷くんがそう言うなら仕方ないわね!もうっ、今回は特別よ?」

「ありがとう鳥山さん」

「じゃあ猫居さん。もう一度、アチアチのキスをしましょうね~」

「い、嫌だ。ウチはもう」

「シャラップ!断ることはすなわち破壊を意味するわ!」


 なんか中二病みたいなこと言い出したけど、これでなんとか逃げられるな!


 鳥山さんが、猫居とキスをし始めたのを見届けて、俺は静かに教室を後にした。


 ……ごめん猫居。恨むなら神様を恨んでくれ。

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