第14話 私と魚谷くんは結婚してるじゃない?

「すごいことに気が付いてしまったわ……」

「どうしたの?」

「私、裁判であなたに勝てる可能性があるのよ」


 ……これまたとんでもない話題が来たな。


 多分だけど、性別が逆だったら、とっくに鳥山さんは少年院送りだったと思うけど、一応話を聞いてみよう。


「まず、私の愛を受け止めてくれないことによる精神的なダメージ。これが測りしれないわ」

「わりと受け止めてるほうだと思うんだけど」

「足りないわね! 今私がここで、魚谷くんの上履きを舐めたら、ドン引きするでしょう?」

「……するよ」

「ほら!」


 なんだその勝ち誇ったような表情は……。


「あとね? 私と魚谷くんは結婚してるじゃない?」

「してない」

「してるのよ」

「大丈夫?」

「大丈夫よ! してるもの!」


 これだけ末期のヤンデレみたいな壊れ方してるのに、目が全く死んでないのが怖いんだよなぁ……。むしろ、汚れを知らない子供のように、キラキラと輝いてるまである。


「でね? 私と結婚してるのに、魚谷くんは、猫居さんとお話するじゃない。頻繁に」

「少なくとも、鳥山さんに束縛されるようになってからは、だいぶ接する機会が減ってると思うよ」

「あ、今、束縛って言ったわね?名誉棄損!はい、また私が勝つ材料が手にはいったわ。ふふっ」

「楽しそうだね」

「めちゃくちゃ楽しいわよ! 大好きなあなたとたくさん会話できているから!」


 それは良かったです……。はぁ。


「さて魚谷くん。裁判に持ち込まれたくなかったら、このセリフを読みなさい」

「なにそれ」


 鳥山さんが見せてきたのは、スマホの画面。


『彼女をキュンとさせろ! これで心を鷲掴み? ときめくセリフトップ100!』


 ……またバカみたいなサイト見てる。


 100って。後半はもはや有効な手段とは呼べないでしょ。


「まずは一位ね。これを言いなさい」

「……」

「断るのかしら?肩パンするわよ?」

「裁判はどこ行ったんだよ」


 結局物理的解決を目指すのか……。もういいや。殴られたくないので、読もうと思います。


「……鳥山さん。大好きだよ」

「シンプルイズベストね」


 ちょっと照れてるのが可愛いけど、言ってる方は相当恥ずかしいぞこれ……。こんなのが、あと100回も続くのか?


「さすがの私も、100回は愛の過剰摂取で血圧が上がってしまうわ。こちらでチョイスさせてもらうことにするわね」


 助かった……。


「じゃあ、次はこれよ」

「お前のこと、一生幸せにするから」

「うんうん……。そうよね?幸せにしなさいよ?」

「あの、いちいち返事するのやめない?」

「なんでよ! せっかくあなたが愛を囁いてくれているのよ!? 答えなかったらもったいないじゃない! ミセスもったいない婆さんになってしまうわ!」

「なにその婆さん……」

「次よ」

「……愛してる。結婚しよう」

「ぴゃ~! もう結婚してるじゃない!」


 早く帰りたい……。誰か助けてくれやしないだろうか。猫居あたりが、ちょうど通りがかるとかさ……。


「あなたの考えはお見通しよ。猫居さんが都合よく助けに来てくれると思っているのよね?」

「いや、そんなことはないよ?」

「無駄な期待ね。彼女にはまた、猫カフェの無料券を与えておいたわ。当分放課後は顔を合わせることなんてないわよ!」


 まぁまぁ絶望する事実が発覚したな……。


 ちなみに今日に至っては、帰りの挨拶を終えてから、全力疾走で昇降口まで向かったのに、なぜかすでに鳥山さんが待ち伏せていた。俺たちは同じクラスだし、間違いなく俺の方が先に教室を出たから、物理的にありえないと思うんだけど。さすが瞬間移動の使い手だ。


「じゃあ次は……。どれにしようかなぁ~」

「よくそんな、スイーツバイキングに来た女子みたいな顔できるよね」

「うるさいわね! ちょっと黙ってなさい!」

「さすがに人権を無視しすぎてない?」

「これよ! これを読むの!早く!」

「毎日ハンバーグ作ってくれないか?」

「きゃあ~!!! 作る作る! ついでに既成事実も作っちゃう~!」


 反応が最悪なのは置いといて……。そのセリフって普通、味噌汁じゃないのか?やっぱり適当なサイトじゃないか。毎日ハンバーグって。どんな洋風家族だよ。


「あ、あとこれね」

「ねぇ。さっき俺のこと見てたでしょ?」

「見てたわよ! 悪い!? あなたがかっこいいんだから、仕方ないじゃない!」

「耳元で叫ばないでよ……」

「ほらこれ! 早く読みなさい!」

「お前のこと、一生幸せにするから」

「あぁ~ここにきて三位のド定番セリフに戻ったわ! やっぱり王道なのよねぇ!」

「鳥山さん。続々と帰宅する生徒が周りに溢れ始めたけど。恥じらいとかはないの?」

「大丈夫よ。恥の多い生涯を送ってきたから」


 太宰治かよ……。


「魚谷くん。そろそろ逆に、100位のセリフが気になってきたんじゃない?」

「いいや全く」

「あぁ~! あぁっ!ばうっ!」

「ただの威嚇をするのはやめてよ」

「ちなみに100位はこれよ」

「……アイラブユー」

「あはんっ!100位でも十分すぎる威力ね!私のハートが打ち抜かれたわ!」

「なにそのダサい表現……」

「はい名誉棄損!これでツーアウトね」

「カウント制じゃないから」


 その後も、意味のわからないセリフを散々言わされた。


 そして、気が付くと……。


「……あれ。これが最後のセリフだわ」


 どうやら、99個ものときめくセリフを読んでいたらしい。


 頭がおかしくなるかと思った。けど、これでようやく解放される。


「魚谷くん。最後だから、きちんと真剣に読むのよ?」

「わかったよ……」

「ほら、どうぞ?」

「……君の瞳に乾杯」


 ……よりによって、これが最後かよ。メンタルが崩壊しそうだ。こんなおじさん丸出しのセリフで、ときめく人がいるわけがない。


「伝わったわ。あなたの気持ち。今、心臓がキュンキュンしてるもの」


 いました!


 さて。何はともあれ、これで終わりだ。帰らせてもらおう。俺はようやく、靴をロッカーから取り出した。


「待ちなさい」


 靴を履こうとしたところ、鳥山さんに止められた。


「なに?」

「これ、まだ続きがあるわ。1000位まであるみたいなの」

「鳥山さん」

「なにかしら」

「勘弁してください」


 俺は地面に頭をつけ、土下座をした。

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