第13話 じゃあなによ!代わりにおっぱいでも触らせてほしいっていうの!?

「んん……」


「う~ん……」


「違うわね……」


「だぁ~!!!!!」


 時間、ちょうど正午を回ったあたり。


 場所、美術室。


 場合、授業中。


 TPOを完全に破壊し、叫び出した鳥山さんを連れて、俺は一旦廊下に出た。


「鳥山さん。クラスメイトの怯えた表情を見た?」

「あなたしか見てなかったわ」

「そうですか」

「当たり前じゃない。今日はお互いの似顔絵を描く授業なのよ?あなた以外何を見るっていうの?」


 どうやらご立腹の様子。まるで俺が説教されてるみたいな構図になっていた。


「一旦冷静に考えてみて。君は委員長。そして授業中。叫ぶことが適切だと思う?」

「論点をすり替えてるわね。あなたが私の好意を受け取ってくれないという、まず解決すべき問題が、未だ放棄されているわ」

「よくそんな、さも正しいことを言ってますみたいな顔できるよね」

「委員長なのよ? 当たり前じゃない」


 思い出したかのような委員長フェイス。キリっとした目、怒りを表現するために、少し歪ませた唇。鳥山さんは、小さくため息をついた。


「全く。これだから手のかかる生徒は嫌なのよ。嫌すぎて抱きしめたくなるじゃない」

「あのさ、どうして似顔絵を描いてる最中に、叫ぶなんて事故が発生するのかな」

「あなたのせいよ。あなたがかっこよすぎて、私レベルの画力では表現できないの。このままだと私、美術の成績が下がるわ。どうしてくれるのかしらね!」


 いつの間にか形勢逆転。完全に俺が責められる形に。匠の技だ。


「わかった。俺のせいでいいから、叫ぶのはやめてくれ」

「そうね。最近叫びすぎて、喉が腫れてきたのよ。でもこれはあなたからの愛の証だと思って、大事に育てているわ」


 自分の腫れた喉を、うっとりした表情で撫でる鳥山さん。そろそろ心の病院に連れていくべきなのだろうか。


 とりあえず、叫ぶことは自重してくれるみたいなので、美術室へ戻った。


 ……クラスメイトの視線がえげつないほど刺さる。


「……あっ。魚谷くん。鳥山さんは大丈夫?」

「先生。私の体調は私に訊くべきでは?」

「そ、そうだよね。ごめんなさい……。えっと、鳥山さん大丈夫?」


 先生は多分、頭大丈夫? って訊きたかったと思うけど、そこは教師としてのモラルが勝ったらしい。教師って大変ですね。


「あと先生。私、集中したいので、廊下で描いてもいいですか?」

「え?えっと」


 鳥山さんが、先生に耳打ちした。すると、先生の顔が、一瞬にして青ざめた。


 そして、鳥山さんに手を引っ張られ、廊下に逆戻り。


「鳥山さん。先生に何言ったの」

「私と魚谷くんの関係を邪魔するなら、それは教師としての死を意味するわよ。って言ったわ。萌え声で」


 萌え声にした意味は全く持って不明だが、俺としてはこっちの方が、クラスメイトの視線を気にしなくて済むので、むしろ良かったと思う。


「忠告しておくけど、廊下だからって、叫んでいいわけじゃないからね?」

「わかってるわよ。私、委員長なのよ? そんな非常識なことするわけないじゃない」

「二重人格ですか?」


 鳥山さんは、深呼吸をした後、スケッチを再び描き始めた。


 俺も鳥山さんを描かないとな……。あまり絵に自信はないけど、適当に描いたら、多分ヤバイことになるので、真剣に描いている。


「……わからないわね」

「なにが?」

「どうやったら、魚谷くんのその、今すぐにでもしゃぶりつくしたい頬を、その通りに描くことができるのか」

「今、頬にとんでもない形容がくっついてた気がするんだけど」

「気のせいよ。はぁ~魚谷くん抱きしめたい」

「気のせいじゃないみたいだね!」

「ちょっと!? 人がせっかく集中して描いてるのに、どういうつもりなの!?」

「はい。すいません」

「わかればいいのよ」


 素直に謝れば、意外と鳥山さんは許してくれる。色々ツッコミたいことがあっても、面倒だと思ったらこうして流してしまう方が楽だ。


「魚谷くん。顔触るわね」

「いやいや」


 当たり前みたいな感じで、俺の顔に伸ばしてきた手を避けた。


「はぁ? あなた、もしかして喧嘩売ってる?」

「えぇ……。ヤンキーみたいなセリフ」

「あなたが笑ってくれるなら、私は悪にでもなるわ」

「どっかで聞いたことあるようなフレーズだな……」


 ちなみに今、俺の顔は引きつっている。


「その頬を再現するためには、もう触るしかないのよ。ね?」

「質感を絵に表すのは無理じゃないかな……」

「魚谷くん。このペアを組んでの似顔絵は、もはやチームプレイなの。わかる?協力が絶対に必要よ。よりいい結果を出すためには、プライドなんて捨てないとダメだわ。確かに魚谷くんの頬には、一回触るごとに、十万円支払わないといけないくらいの価値はある。でも、ここで触らせなかったら、きっと私の作品はゴミになるわ。あなたはそれでもいいって言うの?」


 なんか熱いセリフを言いました。みたいな顔してるけど、変態が理屈を述べてきたときの、怖さっていったらそりゃあすごいもんですよ。


「あっ。そうか。私ちょうど十万円持ってるわ。はい」


 鳥山さんが、胸ポケットから、十万円を取り出した。


 あのそこ、生徒手帳とか入れる場所なんですけど。財布じゃないよ?


「これで文句ないわよね?」

「いや、お金とかいらないから」

「じゃあなによ! 代わりにおっぱいでも触らせてほしいっていうの!?あぁ~良いわよ!触らせてあげるわ! その代わり私のおっぱいは、百万円の価値があるから、魚谷くんが一回触るごとに、私は魚谷くんの頬を十回触るわ! これが交換条件よ!」

「もう。はい。わかりました。どうぞ頬を触って下さい。見返りは求めません。早く終わらせてくださいね」

「ようやく素直になったわね!私の勝ちよ!」


 なんなら最初に叫ばれた時点で、俺のクラスでの立ち位置的な面での敗北は確定してるんだけどな……。


「じゃあ、触ります……」


 鳥山さんの手が、俺の頬に触れた。


 ゆっくりと、なぞるように、感触を確かめている。


「……よし」


 どうやら、参考になったらしい。俺の頬から離した手を、鳥山さんはそのまま……。


 ――自分の口へ、持って行った。


「あの、え?」


 まるではちみつを舐めるクマのように、ぺろぺろと自分の指をしゃぶる鳥山さん。さすがに怖い。なんだこいつ。


「ありがとう魚谷くん。これで頬はうまく描けそうだわ」

「そうじゃないでしょ」

「え?」

「指、舐めてるじゃん。え?なにしてんの?」

「……?」

「いや首傾げないでよ」

「魚谷くん。ちょっと唇も触ってもいいかしらね」


 俺は立ち上がり、美術室へ急いだ。鳥山さんは追ってこなかったので、美術室から様子を覗いたら、ただ黙々と指を舐め続けていた……。


 ……怖い。

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